『ようこそ女たちの王国へ』(ウェン・スペンサー/ハヤカワ文庫)

ようこそ女たちの王国へ (ハヤカワ文庫SF)

ようこそ女たちの王国へ (ハヤカワ文庫SF)

極端に男性が少ないこの世界では、当然ながら女王が統治し、兵士も職人も何から何まで女性中心だ。一方男性は貴重な存在のため、誘拐などされぬよう姉妹たちの固いガードのもとで育てられていた。ウィスラー家の長男ジェリンはもうすぐ16歳。ある日、盗賊に襲われた娘を助けたところ、彼女は王女のひとりだった。迎えに来た王家の長姉(エルデスト)レン王女は、生来の美貌のうえ心優しいジェリンにひと目ぼれ、ぜひ夫にと熱望するが……
(裏表紙のあらすじより)

 なんというハーレムもの。海の向こうにこんなにも”分かっている”作家がいるとは(笑)。というわけで、主人公の少年が王家の姉妹たち全員とフラグを立てて仲良くなります。そこまでならギャルゲーなり恋愛漫画なり小説(主にラノベ)などでありがちの展開ですが、本書の場合は設定が設定だけにそのまま全員と一夫多妻でゴールインできちゃうんですよね。なんということでしょう(笑)。訳者あとがきによれば、著者は大の日本アニメのファンとのことなのですが、それも読めば納得です。
 というわけですので、正直ネタ的な興味に駆られて手に取った本書ですが、蓋を開けてみたら意外なまでにしっかりしたジェンダーSF(むしろファンタジー?)だったので嬉しい不意打ちでした。単なるハーレムものではありません。
 男性が極めて少ないこの世界では、必然的に女性が主導権を握る形で社会の仕組みも作られています。ですから、一夫多妻という制度も、江戸時代の大奥のように一人の男を中心とするために作られたものではなく、姉妹というグループで数が少ない男性を共有するための制度として機能しています。そうした中で生まれた男児は家族にとって貴重な財産です。男児は変な虫がつかないように大事に(ときに過保護に)育てられ、16歳に達すれば取引の材料となります。そんな社会なので、男性キャラの性格は普通のものより女性的に描かれています(またそれが当然です)。また、こうした環境にあっては男性の能力も当然スポイルされがちなので、私たちの社会だとできて当たり前のことが少しできただけで女性にとっては魅力的な存在として写ってしまったりもします(つまりハードルが極めて低いのです)。その反面、男児は危険な遊びをすることなど許されず、大抵は家のなかで大人しくしていることを余儀なくされます。
 裕福な一族は好みの男性を選んで買うことができますが、そうでない場合は兄弟を売って資金を得るか、あるいは他の一族の兄弟と交換して結婚することで家系を保っていきます。この社会にあって男性は、かけがえのない貴重な”商品”なのです。この世界での社交会は女性が男性を値踏みするための場として存在しています。本書の原題である ”A Brother's price”は、そのことを端的に表しています。最初は羨ましいと思われていた男性の方も、だんだんそうではなくなってきたのではないでしょうか?(笑)
 一夫多妻制は希少な男性を共有するための制度である一方で、女性にとっての妊娠・出産という肉体的なリスクを緩和するためのものとしても理解されています。また、性交も基本的には女性上位です。この世界でのレイプは、女性が男性に対して行うものです(ちなみに、石持浅海『BG、あるいは死せるカイニス(書評)』もそうした価値観に基づいた世界での物語です。傑作SFミステリなので興味のある方は是非一読を)。
 そうした設定の物語なのでSFを期待して読まれる方に一応警告を。訳者あとがきで紹介されている著者の言葉です。

「極端な世界ではどうなるかを描きたかっただけです。そして私たちはまず人間であって、男女に優劣はない、対等だってことをね」

 そういうことですので、本書を読むに当たって、この世界で男性が少ないのには何か理由があるのか? といったSF的な展開を期待してはいけません。その代わりといっては何ですが、こうした社会にあっての男女のあり方とその交流、姉妹の関係といったこの世界独特の心理の機微はしっかりと描かれます。また、女性上位のこうした家族体系における相続のあり方や貴族の身分の継がれ方といったような、特殊な設定によって社会の仕組みがどのように変化するかといった部分にも考察が及んでいます。ハードSFではありませんが、文系的・社会派的なSFだとはいえるでしょう。
 本書は、主人公のジェリン・ウィスラーがどうやってレン王女を始めとする王家の姉妹たちと仲良くなっていくかという恋愛小説としての面白さもさることながら、そんな弟を大事に思いつつも、家族のためにジェリンをできるだけ高く売りつけようとするウィスラー家の女性たちの思惑、とりわけエルデスト(長姉の意味)・ウィスラーから見た商取引の面白さも忘れるわけにはいきません。エルデスト・ウィスラーは決して守銭奴ではありません。弟であるジェリンが可愛くて可愛くて仕方がないのですが、それでいて家長としての義務を疎かにしたりはしません。そうしたエルデスト・ウィスラーと、ジェリンが欲しくてたまらないレン王女との駆け引きが本書の読みどころのひとつです。また、このウィスラー家というのが家系的にいろいろあって密偵としての能力に長けています。ですから、作中でも要所要所でその能力を発揮して活躍します。本書の主人公はジェリンであることは間違いないですが、実質的にはエルデスト・ウィスラーだと私は思います。
 そうした複雑な設定を背景にしつつも、物語としては王位簒奪の陰謀なども絡んでとても楽しく読むことができます。特異な設定ではありますが、そこで描かれているのはあくまでも「人間」です。著者の目論見どおり軽くサラッと読める物語に仕上がっているので、どうか気楽に読んでみて欲しい一品です。