『造花の蜜』(連城三紀彦/ハルキ文庫)

造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈上〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈下〉 (ハルキ文庫)

造花の蜜〈下〉 (ハルキ文庫)

「それにしても本物そっくりですね。造花に本物の蜂が寄りつくはずはないのに、隣でもギョッとしてましたよ」
(中略)
「造花でも本物の蜂を呼び寄せることはできる」
(本書上巻p149より)

 2008年10月に単行本で刊行された本作ですが、2010年11月18日付で早くも文庫化されました。「このミス」などに代表される年末ランキング本は奇妙なことに10月末日が集計年度末なので*1、これだけの傑作でありながらランキングの対象にならないという奇妙な現象が生じました。そんな”盲点”に存在するのがある意味で非常に似つかわしい作品です。
 上下巻共、目次の後に「※本書はフィクションです。」という言わずもがなの注意書きがあります。しかしながら、そうした注意書きがあるのも当然だなぁと思わせるだけのリアリティが本書にはあります。訳ありの親子。訳ありの夫婦。訳ありの家族。そんないかにもありそうな家庭を襲う誘拐事件。戸惑い嘆きながらも事態に対応しようとする母親を始めとする家族の言動は思わせぶりな箇所が見え隠れしつつも自然なものですし、事件解決のため手を尽くす警察の動きにもそつがありません。
 ところが、そうした事態の進行の最中においてそこかしこに「遊び」が見え始め、それが警察と家族を翻弄していきます。蜂というモチーフ。「身代金は要求しない。そっちが払ってくれるというなら別だが」という奇妙な要求。そして、「金は渋谷のスクランブル交差点の真ん中に置くように」という大胆な手口。犯人の真意はいったいどこにあるのか……。
 これだけでも十分過ぎる程ミステリアスですが、本書はさらに二転三転する驚愕の展開が待ち受けています。緻密にして大胆な構成。ネタバレするわけにはいきませんが、ミステリ史に燦然と輝く誘拐ミステリの傑作といっても過言ではありません。
 本書の凄みはタイトルにて「造花」であることを謳っている点にあります。最初は本物の花であるかのように振舞っていながら、やがて明らかとなってくる造花としての特性。それに呼び寄せられている”蜂”は、事件関係者であり警察であり、そして読者でもあります。そうした凄みが立ち上がってくるのが最終章です。実に奥ゆかしくも挑発的な構成です。造花を作る上では、本物らしさを追求するか、それとも作り物として独創的なものを作るかという二つの方向性があります。本書はそんな「本物らしさ」と「独創性」とを高いレベルで両立させた作品であるといえます。紛うことなき傑作です。オススメです。