『ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む』(廣野由美子 /岩波新書)
- 作者: 廣野由美子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2009/05/20
- メディア: 新書
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本書の目次は以下のとおりです。
序章 探偵小説の誕生
1 ミステリーと文学
2 探偵と探偵小説
3 人間をいかに描くか
第1章 心の闇を探る―チャールズ・ディケンズ
1 「ミステリー」としてのディケンズ文学 『バーナビー・ラッジ』
2 探偵の登場 『荒涼館』
3 犯罪者の肖像 『エドウィン・ドルードの謎』
第2章 被害者はこうして作られる―ウィルキー・コリンズ
1 抹殺される恐怖を描く 『白衣の女』
2 物的証拠と謎解き 『月長石』
第3章 世界一有名な探偵の登場―アーサー・コナン・ドイル
1 人間観察と推理 『緋色の研究』
2 哲学する探偵 「赤毛組合」「唇のねじれた男」「まだらの紐」ほか
3 なぜ人々は名探偵を切望するのか 『バスカヴィル家の犬』
第4章 トリックと人間性―G・K・チェスタトン
1 凡人探偵の登場 「青い十字架」「奇妙な足音」「飛ぶ星」ほか
2 単純な事実がもたらす謎 「折れた剣」「見えない男」「神の鉄槌」ほか
3 ブラウン神父の影 『木曜の男』『詩人と狂人たち』『ポンド氏の逆説』
第5章 裁かれるのは誰か―アガサ・クリスティー
1 解明のプロセスで起こること 『アクロイド殺し』ほか
2 人間を裁けるか 『オリエント急行殺人事件』ほか
3 誰かに似ている犯人 『火曜クラブ』ほか
終章 英国ミステリーのその後―「人間学」の系譜
あとがき
ちなみに、本書は一部の作品についてネタバレがなされています。人間性を探求するミステリーであれば再読の価値がある、いや、読み返すたびに新たな発見がある、というのが本書の立場です(本書p32より)。それについては異存はありませんし、テーマとして必要があってのことではありますが、気になる方は予めご注意ください*1。
序章では、ミステリーと探偵小説*2、探偵と探偵小説について簡単に記されています。探偵小説の始祖は一般的にはエドガー・アラン・ポーとされていますが、ディケンズはその少し前から活躍している作家です。そんなディケンズとポーの関係に触れながらディケンズの作品に含まれている「ミステリー」性に注目しています。コリンズは、今回紹介されている作家のなかでは一番知名度の低い作家ですが(笑)、英国探偵小説の歴史において『月長石』という重要な長編ミステリを書いたことで知られていますので外すわけにはいきません。ドイルはその反対に世界でもっとも有名な探偵として知られるシャーロック・ホームズを生み出した作家です。ホームズの特徴はなんといっても優れた洞察力・人間観察力です。「人間学」というテーマが真っ向から貫かれているのがチェスタトンの章です。チェスタトンの作品で用いられているトリックには、物の見方・考え方・固定観念・盲点といったものを巧みに利用したものが数多くみられます。ミステリに対する批判として「人間が書かれていない」という紋切り型の批判がなされることがありますが、その反論としてはチェスタトンの作品を引き合いに出すのがもっとも手っ取り早いといえるでしょう。クリスティーは多作でトリッキーな作家です。それゆえに犯人と真相を理解するためには多角的な視野が要求されます。
終章は文字通りその後の英国における探偵小説が紹介されています。ガイドブックとしては便利かもしれませんが、個人的にはいただけないです。特に、P・D・ジェイムズの『女には向かない職業』のあらすじのばらし方があまりにも無粋なのが気に入りません。なので、この章はそれらの作品について未読の方は回避された方が良いように思います。
私は気ままなミステリ読みなので新刊も読めば古典も読みますが、その読み方は気分重視のつまみ食いです。なので、ときには雑多に得た知識を整理したくなることがあります。そんなときに本書のような本が一冊あると便利です。ミステリを読む上でのお勉強的・学究的な興味を満たすのに便利な一冊だといえるでしょう。
*1:クリスティーの『アクロイド殺し』や『オリエント急行殺人事件』などはネタバレなしに読んだ方が絶対によいと思います。
*2:本書では、読者に「なぜ?」と問わせる要素がミステリーであるとするならば、あらゆる文学にはミステリーが含まれているといっても過言ではない(=広義のミステリー)としつつ、そうした要素に特化し高度に発達させることによって派性してきたジャンルが(狭義の)ミステリー=探偵小説として理解されています(本書p5より)。