『この空のまもり』(芝村裕吏/ハヤカワ文庫)

この空のまもり (ハヤカワ文庫JA)

この空のまもり (ハヤカワ文庫JA)

 ――では今日も、この国を守ろうじゃないか。
 翼は流麗に入力した。
 ――誰にでもある、小さなもののために。
(本書p10より)

 いうなれば、ポスト『電脳コイル』とでもいうべき物語です。
 強化現実技術の発達によって、世界中のあらゆる場所に仮想タグが貼り付けられている時代。人々は強化現実眼鏡をかけて、強化現実と仮想現実を使い分けながら生活しています。そうしなければ生きていけない時代です。仮想タグはスマートフォン強化現実眼鏡を通すことでユーザーにたくさんの情報を提供しますが、無秩序に広まったそれは、もはや単なる落書き以下の悪性タグとして溢れかえることになります。生きているだけで誰もが悪意を向けられ悪性タグを貼り付けられる日々。強化現実時代に対応し切れず後手後手となった日本は、民間を名乗る外国勢力による大量のタグの爆撃を受けることになります。規制らしき規制がなされることはついになく、結果、悪性タグとそれ以外の区別や判別がなされないまま放置されることとなります。電子的な書き込みは落書きではないし必要ならばこれまでどおり民事裁判で対応すればよい。という日本政府の見解は、日本の空が無限の悪意で塗りつぶされるという現実を招来することとなりました。
 そうした政府の対応への不満が、架空軍や架空政府といったものを生み出すことになります。政府にも企業にも拠らない自宅警備員連合組織による悪性タグの修正と消去。本書の主人公にして架空軍の防衛大臣であるニート・田中翼は、この活動を通して天才クラッカーとして、あるいはプログラマと一般人との橋渡しをする組織のデザイナとして活躍することになります。消しては復旧され消しては復旧され、というイタチゴッコではありますが、その支持はオタクの枠を越えて一般人にまで徐々に浸透していきます。そうして架空軍が、さらには架空政府が生まれて、そしてついに悪性タグの大規模な一斉削除祭りと現実への圧力をかけるという架空軍史上最大の作戦が開始されることになります。
 文字にすると堅苦しい世界設定ではありますが、エアタグセカイカメラ、拡張現実(AR)といったものを思い浮かべれば(【参考】エアタグとは何? Weblio辞書)、近い将来に訪れるであろう未来像のひとつとして容易に受け入れるものだといえるでしょう。
 愛国を謳い、実際に国のためを思って行う活動であったとしても、そのために触法行為を行う以上、その活動はテロの謗りを受けることは免れません。本書は何人かの人物からの視点によって語られる群像劇の手法を採っていますが、本作戦の事実上の中心人物にして主人公である田中翼はそのことについて自覚的ですし、越えてはいけない一線というものを意識しながら10万人の防衛軍を指揮しつつ飄々と愛国活動を行っています。八紘一宇の名の下に。田中翼という役どころの象徴ともなっているニートという状態は、非国家的ではあっても反国家的ではありません。だからこそ、田中翼はニートであることによって支持されているのだと思います。とはいえ、やっぱり就職しなきゃいけないとは思うし、幼なじみの七海との関係も何とかしなければと思うし……。田中翼の悩みは尽きません。
 強化現実と仮想現実との間で揺れ動く本当の現実。とはいえ、本当の現実とはいったい何なのか? それはきっと、手の届くところにあるのだと思います。しっかりと考え抜かれた近未来社会の設定が見事な電脳国防青春SFです。オススメです。