『鬼の跫音』(道尾秀介/角川文庫)

鬼の跫音 (角川文庫)

鬼の跫音 (角川文庫)

道尾 「どんなものでもいい」という事だったので、ずっとやりたかった、ミステリーと怪談のはざまにあるものを目指してみたんです。長篇でそれをやるのはなかなか難しいし、そもそも読んでもあまり面白くない。でも、短篇なら面白いものが出来る気がして、やってみたんです。
【B.J.インタビュー】道尾秀介・『鬼の跫音』でミステリーと怪談のはざまの新境地へ。【Book Japan】より

 道尾秀介という作家は『シャドウ』で第7回本格ミステリ大賞を受賞したり、『カラスの親指』で第62回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞したりと、ミステリ作家として評価され確固たる地位を築きながらも、インタビューなどでは自身の作品がミステリとしてカテゴライズされることに対して違和感を表明してきました*1
 そんな作者がミステリというジャンルを意識しつつ、あえて少し「ずれる」ことを意識して描いたのが本書に収録されている作品ということになります。もっとも、「ミステリーと怪談のはざま」ということなので、どの作品もミステリとしての面白さを失っていなくて、にもかかわらずそれにとどまらない読み味を備えています。考えようによっては、理想的なミステリです。というよりも、それこそが道尾作品の人気の秘訣なのだと思います。
 ミステリと怪談に共通するものとは何か? 思うにそれは原因と結果の関係、つまり因果です。ただ、ミステリと怪談とでは、因果という言葉の有する意味合いが微妙に異なっていると思います。ミステリにおける因果は、論理性を有するものだといえます。「偶然の結果」というようなものは、あらゆる可能性を排除した結果としてならともかく、基本的には否定されるのがミステリにおける因果関係でしょう。一方、怪談における因果は論理性を有してなくとも別段問題ではありません。「恨み」や「崇り」といった非論理的な因果の応報も肯定されるのが怪談における因果です。そうした因果という概念の曖昧さが、ミステリと怪談のはざまの世界の根底にあるように思います。本書には6つの短編が収録されていますが、どの作品でもSという人物がキーパーソンとなっています。Sというねじれた文字はくるりと引っくり返してもSです。因果を表わす文字だといえるでしょう。
 収録作品は「鈴虫」「犭(ケモノ)」「よいぎつね」「箱詰めの文字」「冬の鬼」「悪意の顔」の6作です。怪談的な不安や恐怖や惨劇といったものが、ミステリ的な理知によって引き立てられています。また、特に「冬の鬼」に顕著なように、どの作品も現在から過去へと遡り向き合うことになる作品ですが、それが怪談としての性質を有しているのは、現在が生者のもので過去が死者のものだからでしょう。心に棲む鬼が描かれた、総じてレベルの高い短編集です。オススメです。

*1:エルパカBOOKSのインタビューなどが分かりやすいと思います。