『夜を希う』(マイクル・コリータ/創元推理文庫)
- 作者: マイクル・コリータ,青木悦子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/10/08
- メディア: 文庫
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「オーケイ。それじゃきみは休暇で、釣りの旅行でここへ来た、そしてきみは、そうだな、そういう時と場所にはピストルを持っていくべきだと思っているわけか?」
フランクは長い間アトキンズを見てから答えた。「危険な町になってきたようなので」
アトキンズはうなずいた。「きみが来てすぐにな」
(本書p225より)
なによりも主人公の生い立ちが変わっています。本書の主人公である青年フランク・テンプル三世。作家志望の彼ですが、彼の祖父に当たる初代フランクは朝鮮戦争で戦死しましたが従軍中の目覚しい戦功により銀星賞を授けられた英雄です。そして彼の父親であるフランク二世はヴェトナム戦争で特殊作戦部隊の一員として戦功を上げ、帰国後はFBI捜査官となります。そんな父親から家系の末裔として”勇敢な男の教育”と戦闘技術を徹底的に叩き込まれた彼は父親をとても尊敬していました。ですが、彼が17歳のときに、父親の裏の顔が明かされます。なんと、彼の父であるフランク二世は依頼によって人を殺す殺し屋だったのです。フランク二世は警察に捕まる前に自殺し、主人公であるフランク三世は故郷を離れることになります。そんな彼が再び故郷に戻ってきたのはなぜか?それは、かつて父親と共に殺し屋稼業を営みながら父を売ったとされる男デヴィンが再び戻ってきたとの知らせを聞いたからです。
主人公である彼は父親の裏の顔を知らないまま育ち、父親を尊敬していました。その結果、”殺し”の技術を極めて高いレベルで習得しています。そんな彼が復讐の機会を求め故郷に帰ったことで、予期せぬ危険が彼自身と町に降りかかることになります。殺し屋が殺し屋を呼び、死が死を呼ぶサスペンスです。田舎町にあっという間に戦場が生まれます。生きるために人を殺すことが正当化される場所。彼には人を殺す動機と機会と技術があります。果たして彼は復讐を果たすのか。そもそも生き残ることができるのか。それとも……? といったお話です。
ひと昔前なら、ともすれば荒唐無稽なお話と思われたかもしれません。ですが、9.11後、日常の風景があっという間に戦場となり得るのだということが明らかとなった現在となっては、それほど無茶なお話とはいえないと思われます。
巻末の三橋暁の解説にて、”強いアメリカの内部にある矛盾や荒廃”(本書p475より)を描いてきたのがハードボイルド・ミステリであるならば、本書はまさにその典型だといえます。フランク二世が行ってきた”殺し”。それは、金のためもあったでしょうが、一方で彼なりの正義のためでもありました。そんな父親の名前と技術を継いでいる主人公の人生が試されている本書は、作中にて9.11が明示こそされていないものの、9.11を受けて”強いアメリカ”のあり方が問い直されている物語だといえるでしょう。
プロとアマの殺し屋たちがそれぞれの思惑で銃を撃ち合い殺し合うバイオレンスとアクションが本書の読みどころではあります。ですが、そうした背景がありますので、単なるアクションやサスペンスに止まらない読後感があります。最後の最後になって明かされる、極めて重要なパズルのピース。それは、”強いアメリカ”があえて無視してきたもの、もしかしたら踏みつけてきたものなのかもしれません。ジェットコースタードラマのようなストーリーですが、読了後に何も残らないというということはありません。何かが残ります。そんなお話です。