『謎解きはディナーのあとで』(東川篤哉/小学館)

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

「失礼ながらお嬢様――この程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか」
(本書p26より)

 2011年本屋大賞受賞作。コミックス化もTVドラマ化もされた、いわずと知れたベストセラー作品です。
 『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』(P・G・ウッドハウス/文春文庫)巻末に英国ウッドハウス協会機関紙『ウースター・ソース』編集長トニー・リングの文章が掲載されています。その中に、「賢明な奴隷と間抜けな主人というコンセプトは、ローマ時代――ひょっとするとそれ以前にさかのぼる。」(同書p249「『ジーヴズの事件簿刊行によせて』」より)という一文があります。本書もそうした「賢明な奴隷と間抜けな主人」というコンセプトに連なるミステリだということができます。*1
 国立署の刑事・宝生麗子は実は世界に名を轟かせる大企業の総帥のひとり娘、いわゆる「お嬢様」です。そして、刑事として彼女が頭を悩ませる難事件の数々を慇懃無礼な推理で解き明かす執事の影山。そんな二人の掛け合いがとても楽しいユーモア・ミステリです。

殺人現場では靴をお脱ぎください

 なぜ被害者は室内でブーツを履いたまま殺されたのか? ひとつの糸口からスルスルと糸がほどけるように真相が解き明かされて、無関係と思われていたことまでつながっていく過程がなかなかに鮮やかです。

殺しのワインはいかがでしょう?

 明らかに毒殺としか思えない殺害現場。毒が混入されていたのはワイングラスかワインボトルか。ミステリとしてはチープですが麗子や影山を始めとする登場人物たちの掛け合いによって読ませる作品に仕上がっています。

綺麗な薔薇には殺意がございます

 キーワードは「カムフラージュ」。本筋と関係あるのかないのかは伏せますが、バリアフリーになっている殺害現場ゆえに車椅子などを用いれば死体の運搬が容易という発想が現代的で面白く思いました。

花嫁は密室の中でございます

 古式ゆかしきトリックですが、このトリックを実現させるための舞台の作り方はそれなりに見事だと思います。

二股にはお気をつけください

 オチがいいたかっただけやろ! と思わなくもないですが(笑)、二択と思わせて実は……と考え方がシフトしていく論理の妙が面白いです。

死者からの伝言をどうぞ

 ダイイング・メッセージ(の痕跡)ものです。ダイイング・メッセージものといえば、図版などの絵を用いることで説明されることが多いのですが、本書ではそうした図版がいっさい用いられることなく、いったいどんなダイイング・メッセージだったのかが解き明かされます。これは何気に面白い趣向だと思います。「……なぜだ、なぜ誰もアリバイを主張しない……お前ら馬鹿か、空気読め、アリバイ主張しろ……」(本書p222より)などといったミステリのセオリーを逆手に取った笑いも盛り込まれつつ、真相にも単なるダイイング・メッセージの読解に止まらない工夫が施されています。サービス精神旺盛な逸品です。
 ミステリとして一定以上の品質を保ちながら、魅力あるキャラクタ小説としての魅力と、そうしたキャラクタたちの掛け合いから生まれるユーモアとによって、とても読みやすい作品に仕上がっています。このレベルの作品がベストセラーとなって広く読まれていることを場末の一ミステリ読みとして非常に嬉しく思います。オススメです。
【関連】
謎解きはディナーのあとで トップページ|小学館
『謎解きはディナーのあとで』から入る東川篤哉&本格ミステリー入門 - 三軒茶屋 別館

ジーヴズの事件簿―才智縦横の巻 (文春文庫)

ジーヴズの事件簿―才智縦横の巻 (文春文庫)