『訣別の森』(末浦広海/講談社文庫)

訣別の森 (講談社文庫)

訣別の森 (講談社文庫)

 第54回江戸川乱歩賞受賞作。翔田寛『誘拐児』と同時受賞です。同時受賞というからには、どっちも落とすに落とせずハイレベルな争いとなった結果の受賞なんだろうなぁ。と思って本書を手に取ったわけですが、結論からいえば、つまらないとまではいいませんが、受賞作であることをアピールできるほどのクオリティだとは言い難い作品だと思います。これでいいのか江戸川乱歩賞……。
 物語の舞台は北海道、主人公は元自衛隊員で今はドクターヘリのパイロットです。ということで、ドクターヘリという現在と、自衛隊という過去と、そして知床の自然保護問題という未来へとつながるサスペンスです。
 巻末の解説にて紹介されている選評によれば、本書についてはスケール感と題材への興味が本書の魅力として評価されたとのことです。確かにドクターヘリと自衛隊と自然保護問題という3つの点を線で結ぶことによって描かれる平面図のスケールはそれなりではあります。ですが、その平面図で動き回る登場人物たちの心情や行動原理には無理を感じずにいられません。いや、それはないだろうと(笑)。
 また、題材への興味ということですけれど、やはり解説で述べられていることですが、本作が単行本で刊行されたのが2008年です。で、その背景には2007年に制定された「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療に関する特別措置法」があります。つまり、本作はそうした社会情勢の動きを敏感に察知した作品ということになります。なので、選考委員がそうした題材に興味を示したのは分からなくもないです。ですが、それにしてもドクターヘリについての描写が薄すぎます。小説の寿命、などといってしまうと大仰かもしれません。しかし、仮にも「江戸川乱歩賞受賞作」として名を残す作品である以上、ある程度の耐用年数がある作品でないと納得がいきません。この程度の内容であれば、少し時が経ってしまえば目新しくも何ともなくなってしまいます。もう少し「受賞作」として名が残ることを意識した緊張感のある選評が行われてもいいように思うのですが……。あ、自然保護問題については極端ながらも興味深い問題提起がなされていて、それなりに面白かったです。とはいえ、唐突な展開という印象は否めませんが(苦笑)。
 江戸川乱歩賞というレーベルに対して疑問を抱かざるを得ない一冊でした。