『地上はポケットの中の庭』(田中相/KCx ITAN)

地上はポケットの中の庭 (KCx)

地上はポケットの中の庭 (KCx)

オレ 今までいっぱい虫殺してきたよ
これからもオレの庭では容赦できない
けど またバイト先でおまえら見かけたら絶対助けるわ
(本書p19より)

 ツイッター上で将棋を題材にした作品が収録されていると聞いて手に取ったのですが、とても面白かったです。
 「庭」がテーマの短編集です。「5月の庭」「ファトマの第四庭園」「地上はポケットの庭」「ここはぼくの庭」「まばたきはそれから」の5作品が収録されています。
 「5月の庭」は、コガネムシの奇妙な恩返し(?)。女の子とすれ違ってコガネムシと分かり合って、そして……。上記引用文はこの作品内からのものですが、本書全体のテーマが端的に表現されていると思います。自分の世界を守るとは、すなわちエゴイズムや戦いといった側面が多分に含まれているのだということ、とぼけた雰囲気の中にも込められています。
 「ファトマの第四庭園」は、16〜17世紀のオスマン帝国あたりがイメージされたお話です。盲目の名君と、その王に召抱えられ王の個人的な庭園、「第四庭園」の管理を任されてきた庭師の交流が描かれています。見た目の美しさだけでなく、風や匂いといった「庭」の要素の大切さ。そして、木々や草花と人生と。軽やかながら滋味ある作品です。
 表題作地上はポケットの中の庭は南フランスあたりがイメージされたお話。息子や娘や孫たちが集まった誕生日パーティーで、なぜか不機嫌な顔をしている主賓の老人。その理由は……?「庭」とは単に場所・空間を表わすだけでなくて、時間という奥行きも重要です。生の喜びと死の恐怖。そんな時間軸を切り取る風景としての枠組み。そんな「庭」が描かれています。
 「ここはぼくの庭」は避けてきた過去と向き合うお話。放置していても「庭」は「庭」。知らない間に変わっている景色であったり、守ってくれている人がいたり。そんなお話です。
 「まばたきはそれから」は将棋のお話。といっても、主人公は将棋とは何の関係もなくて、高校生でプロ棋士になった同級生が将棋を指す姿をテレビで見ているだけです。とある「観る将棋ファン」の素朴な心情が描かれている作品だといえます。早くにして人生を決め「次の一手」をひたすら読むことに没頭する棋士の姿と、一秒先の人生すら見えないのに進路希望調査表など書けるわけもなく将来に迷う女子高生との対比。そんな二人の交流(八つ当たり含む)と、そこから生まれる少しの自信。ちなみに、目次には書かれてませんが、このお話には「城間クンのドキドキ対局日誌」というオマケ漫画がついています。対局室や控え室での棋士たちの様子や、本作に出てくる城間四段の棋士としての思いが描かれています。……このままどこかの雑誌で本格的に連載していただくわけにはいきませんかね?(笑)このお話は「庭」があんまり関係ないですが、9×9の盤上から宇宙を想起する場面は「庭」に通じるものがあるかもと思ったり。
 なお、本書カバー裏には各作品についてのあとがきが書かれていますので、お読み逃しのないようご注意を。