『クロノリス―時の碑―』(ロバート・チャールズ・ウィルスン/創元SF文庫)

クロノリス?時の碑? (創元SF文庫)

クロノリス?時の碑? (創元SF文庫)

 時は過ぎる。
 ここから先は、話のあちこちを年単位で割愛することになるのだが――その点を、あらかじめお詫びしておくべきだろうか? 煎じ詰めれば、歴史という時間も、常に同じ速さで滔々と流れるわけではない。浅瀬があって急流があり、沼沢地や入り江もある(さらには、危険きわまりない暗流とか、水面下に隠れた大渦巻きも)。個人の回想録もまた、一種の歴史であることに変わりはあるまい。
(本書p56より)

 キャンベル記念賞受賞作。
 2021年、タイ。轟音と衝撃波を伴い突如出現した巨大な石塔。クロノリスと名付けられたそれには、20年先の未来の日付と「クイン」という名が刻まれていた。その後も未来から次々と送られてくるクロノリス。最初のクロノリスの出現現場に居合わせたスコットは、大学時代の恩師である物理学者にスカウトされ、アメリカの国家機関によるクロノリスの出現場所と時刻を予知する計画に参加することになる。その計画は成功しクロノリスの出現予知に成功するが……といったお話です。
 クロノリス。それはクロノ(時間の)+モノリス(石柱)というSFであればwktkせざるを得ないガジェットです。物語の冒頭からそうしたがジェットを前面に押し出すことでSF読みのハートを鷲掴みにしつつ、そこから語られていくのは一人の男の人生の回顧録です。それは決して物語のスケールに見合うような華々しいものではありません。離婚して失業して娘との関係に悩み、母親を精神病で失った過去を背負い、末期癌の父親との向き合い方に苦悩する。ともすればSFを読んでいるのを忘れそうになるくらいの内容なのですが(笑)、時折挿まれるクロノリスにまつわる時間や因果についての推論が、本書がSFであることを思い出させます。
 クロノリスに刻まれている日付は20年後。ということは、クロノリスの謎を解明しようとしているスタッフ自身もその現象に無関係とは言い切れません。なぜなら、現象を理解できる者こそ、その現象を引き起こすことができると考えられるからです。タイムトラベル作品ならではの因果の乱流。果たしてなにが因でなにが果なのか。本書は主人公スコットによる回顧録の形式で語られます。ある時点から過去を語る形式は、未来から送られてきたクロノリスの存在と重なります。本書の語り手であるスコットは、自分自身の人生という観点からは確かに主人公ですが、クロノリスという主題からすれば脇役であり観測者に過ぎません。しかしながら、観測すること自体が影響力をもたらしてしまうことはSFにおいては多々あります。主人公が観測者として選ばれたことには意義があります。その意味が極めて性格的なものに起因しているのが本書の大きな特徴であり、なればこそ、ともすれば一般文芸かと思われるような主人公その他の人物造形についての書き込みも意味を有することになります。
 クロノリスの出現は衝撃波による都市の破壊といった物理的影響だけでなく、社会的にも不安と混乱という大きな影響をもたらします。旧態依然とした統治構造を打破する象徴としてのクロノリス。そして、そこに刻まれている未来の世界の独裁者「クイン」という人物の存在(?)です。作中では一応最後に意味らしい意味が説明されるものの、基本的には謎として扱われている「クイン」ですが、ミステリ読み的に「クイン」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは『謎のクィン氏』(もしくは『クィン氏の事件簿』)のクィンです。その由来はハーレクィン、すなわち道化役者です(【参考】アルレッキーノ - Wikipedia)。
 踊らせているかと思ったら踊らされてたり、踊らされているかと思ったら踊らせていたり。浮世の因果は本当に不可思議です。そんな不可思議な時間侵略に抵抗する意義とは? 物語の最後の最後に語られるスコットの独白は印象に残ります。それは決してSF的なものではなくて、実をいえば当たり前で日常的なものです。だからこそ、それを描くためにSFという非日常的現象が必要だったのだともいえます。SFファンのみならず多くの方にオススメしたい一冊です。