『ひらけ駒! 2巻』(南Q太/モーニングKC)

ひらけ駒!(2) (モーニング KC)

ひらけ駒!(2) (モーニング KC)

「将棋は相手がいる勝負ですから、孤独になることはないはずです」
 どうだ、この答!もう完璧!さすが羽生!私はもう大喜びである。インタビュアーは間違いなく、勝負師の孤独というものを語らせたかったと思う。そしてそれは、何時間もの長考や、たった一手の悪手で落ちる地獄等々を、すべて一人で背負う孤独として語ってほしかったのだと思う。 
 そして間違いなく、羽生さんはそれらを十分に理解した上で、あの答をサラリと言ってのけた。もうみごとすぎて、声もない。
(「将棋世界」2010年9月号所収:内館牧子「月夜の駒音 第10回 孤独ということ」p37より)

 現在、漫画雑誌*1ではたくさんの将棋漫画が連載されています。『ハチワンダイバー』『3月のライオン』『雪と花』『王狩』『BLOODー真剣師 将人ー』*2、そして『ひらけ駒!』。これらの将棋漫画に共通しているのは、家庭関係において両親がいなかったり父親がいなかったり母親がいなかったりするという点です。
 何ゆえ漫画雑誌の将棋漫画で描かれている家庭関係にはこのようなものが多いのか考えてみたのですが、それはつまり、将棋によって孤独が補完される姿を描きたいという通奏低音があるからではないかと思います。将棋に限らず、とかく何かに一生懸命に打ち込むストーリーを描きますと、ともすれば周囲から孤立しがちです。確かにそういう面はあります。ですが、そればかりではなくて、何かに必死に取り組んだり挑戦することによって生まれる人間関係とか開かれる世界というのもあるはずで、本作では将棋のそうした側面がとてもよく描かれています。『ひらけ駒!』とは言い得て妙なタイトルだと思います。
 逆にいえば、将棋とはそうした関係性というのを描くのに向いていて、だからこそ女性漫画家が題材に選んだりハチワンでBLが描かれたり……というのは半分冗談です(笑)。
 p91に「将棋のうまい人の話はとってもおもしろい」とあるのですが、「将棋のうまい」という表現が個人的にはツボです。というのも、将棋を指したことがある方には分かってもらえると思うのですが、将棋は確かに面白いゲームです。ですが、負けるとこんなに腹が立つゲームも珍しくて(笑)、だからこそ自ずと勝ち負けにこだわってしまいます。自分や相手の評価も指すと勝てるかどうか、つまり強い・弱いといった物差しでどうしても見てしまいやすいです。ですが、上手・下手といういわれてみれば当たり前の表現が、特に将棋を教えたり広めたりしようという視点に立つときには大切なのかもなぁ、と。そうした視点で描かれているからこそ下手ゆえの滑稽さや面白さも嫌味なく表現されていて、読んでて微笑ましい気持ちになってきます。
 プロ棋士奨励会員や真剣師といったどこか違う世界の人間ではなくて、普通の母親と子供と将棋の物語。作中に出てくる書籍や小物も実際にあるものばかりで*3、将棋に興味を持っていただくには格好の作品だと思います。オススメです。
【関連】
『ひらけ駒! 1巻』将棋ヲタ的雑感 - 三軒茶屋 別館
『ひらけ駒! 3巻』(南Q太/モーニングKC) - 三軒茶屋 別館
『ひらけ駒! 4巻』(南Q太/モーニングKC) - 三軒茶屋 別館

*1:漫画雑誌じゃないですが、「週刊将棋」連載『笑え、ゼッフィーロ』(作者:柳場あきら)はとても面白い将棋漫画です。単行本化を強く希望します。

*2:作者:落合祐介。ヤングキング15号(少年画報社)より連載開始。

*3:ちょっとだけ補足しておきますと、p119の5コマ目で男性が読んでる本の表紙にちっちゃくアルファって書いてありますが、これは『盤上のアルファ』(塩田武士/講談社)のことです。