『う 1巻』(ラズウェル細木/モーニングKC)

う(1) (モーニング KC)

う(1) (モーニング KC)

この話は、呉服屋の若旦那・藤岡椒太郎がうなぎをおいしく食べつづけるだけの漫画です。
連載開始時より読者の方・漫画家・書店員さん・うなぎ業界等各方面から正気かよ(^ω^;!? とツッコまれてますが本当にそれだけのお話なんです。
(本書裏表紙より)

 ホントにうなぎをおいしく食べつづけているだけのお話です。本書にはそんなうなぎを食べるだけのお話が29話(!)収録されています。しかも1巻と銘打ってある以上、2巻以降の刊行も予定されているわけです。いったいうなぎだけでどれだけの話を作り続けることができるのか。そんないじわるな興味を抱いてしまうのも無理からぬところだと思いますが、とりあえず本書についてはうなぎを食べるだけの話であるにもかかわらず、バラエティに富んだお話を楽しむことができます。
 うなぎ、という一本のしっかりとした軸があることで、それに対する各々のこだわりの妙が鮮明になります。もちろん、主人公である椒太郎には椒太郎のこだわりやスタンスが尊重されつつも、異なる食べ方や楽しみ方が全否定されることもなく、非常にゆるいお話だといえますが、ゆるさの中にもうなぎという軸があることで作品としては頑固なものに仕上がってます。
 基本的にはうな重を食べてることが多いですが、うな重とご飯とうなぎを別にする蒲焼との違い、うな重とうな丼の違い、松・竹・梅の違いなど、どうでもいいようなことでもこだわる人にとっては譲れません。そんな真剣さと滑稽さのバランスが絶妙です。
 うな重や蒲焼以外にもうなぎの食べ方はあります。白焼き、う巻き、うざく、肝吸い、くりから焼きなど。知ってるようで意外と知らなかったり食べたことがなかったりするうなぎの楽しみ方を知ることができます。また、関東と関西のうなぎのうな重がいろいろ大きく違っていてこれもまた面白いです。
 また、「私の歴書」として、

私は、昭和50年頃に対局中の昼食・夕食にうな重を出前でとって食べた。とてもおいしく、元気よく将棋が指せた。(後略)
加藤一二三*1
(本書p124より*2

などなど、各著名人・業界人のうなぎにまつわるエピソードや思いといったコメントが収録されています。うなぎなどというコアなテーマでよくもここまでこだわった本を出したものだと呆れつつも感心します。
 とかく不景気なご時世ですから、食べ物にかけられるお金もまたケチられる傾向があります。対して、うなぎは決して安い食べ物ではありません。スーパーで売ってるうなぎの美味しい食べ方なども紹介されていますが、それにしたってやっぱりちょっと贅沢な食べ物です。ただただうなぎをおいしく食べつづけるだけのお話である本書は、そんな食費が削られる風潮に対してちょっとした反旗を翻しているようにも思います。食べ物にお金をかけること、ちょっとした贅沢を趣味とすることで人生を楽しむ、そんなことを本書は静かにちょっぴり主張している。なんて、「う」がち過ぎな読み方ですか、『う』だけに(←「う」まいこと言ったつもり)。

*1:【参考】将棋とうなぎ - 三軒茶屋 別館

*2:どうせなら123ページにして欲しかったです(笑)。