『ペガサスと一角獣薬局』(柄刀一/光文社文庫)

ペガサスと一角獣薬局 (光文社文庫)

ペガサスと一角獣薬局 (光文社文庫)

本格ミステリー小説」とは、物語の前段階に魅力的な謎が現れ、物語が進行して結末に 向かうにつれ、それが論理的に解体され、説明されていくという形式を持つ小説のことで す。この解体と説明の際の論理が、一定量以上に高度であるものを、他と区別して 「本 格」と呼びます。
第一回 島田荘司推理小説賞より

 本格ミステリの「本格」とは何かという定義論はとかく荒れる話題として知られていますが(笑)、とはいえ、探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼とする文学である。光文社文庫江戸川乱歩全集第26巻 幻影城』p21より)という江戸川乱歩の定義さえ踏まえておけば、あとは細部においてそれぞれのこだわりを主張すれば、そんなに荒れるような話題ではないので?と個人的には思っています。もちろん、各々の本格論というのは存在するでしょうし、特に作家ともなればそうした独自の本格論・本格観からくるこだわりが作品に影響してくるのも当然です。ですが、そうした独自の本格観があるからこそ、様々に個性的なミステリが読者としては楽しめるわけで、してみれば、本格観というものを完全に統一する必要などないわけです。
 前置きが長くなりましたが、上記に引用したのは島田荘司の本格観ですが、物語の前段階で提起される謎について、「魅力的であること」を求めている点が大きな特徴だといえるでしょう。そんな島田荘司の本格観を彷彿とさせるのが本書です。
 本書は、”世界の伝説と奇観”を取材するフリーカメラマン南美希風が幻想的な謎に挑む短編集です。柄刀一ミステリに多く見られる特徴として「幻想と論理の融合」を挙げることができますが、本書は西洋を舞台に不思議な謎解き空間が描かれています。
 「龍の淵」ではドラゴンに踏み潰されたかの如き惨死体。「光る棺の中の白骨」では五年前に密閉された小屋から見つかった白骨。「ペガサスと一角獣薬局」ではユニコーンの角に突かれペガサスに空から落とされた兄弟。「チェスター街の日」はで生命を再生させる若返りの館。そして「龍が淵」の前日譚とでもいうべきボーナストラック「読者だけに判るボーンレイク事件」
 特筆すべきなのは表題作にもなっている「ペガサスと一角獣薬局」です。ペガサスやユニコーンが現実の世界にいるはずがないのですが、そんなファンタジー界の住人が美希風のカメラに収められるという展開が何気に驚きです。こうしたペガサスやユニコーンの正体はいったい何なのか。その村の住人はいかに対応すべきなのか。といった点については仮説やそれぞれのスタンスについて分析はされるものの、突き詰めて解明されることのないまま物語が進み、事件が発生します。その謎はまさに「幻想と論理の融合」というべきものです。そして、論理によって事件は解決されるものの、幻想のすべてが否定されることのないまま物語は終わります。
 他の作品はここまで幻想的ギミックが幅を利かせてはいませんが、それぞれの作品の主要人物――「光る棺の白骨」「チェスター街の日」では語り手の想いをぶち壊さないまま事件は論理的に解決されます。ときに論理によって何もかもが蹂躙され尽されるミステリもあるなかで、本書のようなミステリは悪くいえば「割り切れなさ」を残しています。でもそれを「割り切れなさ」ではなく、「幻想と論理」という構図の中で守られるべき想いとして許容する。そんな奥ゆかしさが本書の魅力なのだと思います。論理的であることは現実的であることを必ずしも意味しません。本書はそんなお話です。