『妙なる技の乙女たち』(小川一水/ポプラ文庫)

([お]6-1)妙なる技の乙女たち (ポプラ文庫)

([お]6-1)妙なる技の乙女たち (ポプラ文庫)

「ここは……宇宙は、人間の場所じゃありません。本当なら人の来ないところ。だからこそ、ここに来れば、自分について自覚的になります。なるしかない。どうやって生きてきたのか、なぜここにいるのか、これからどうするのか……自分で決めなきゃ、どうにもならない。立ち止まることすらできない。そういう境遇に、自分を置きたいからだと思います。……地球では、何も考えずに暮らす方法がいくらでもありますから」
(本書「Lift me to the Moon」p268より)

 2050年の近未来。赤道直下の宇宙産業都市リンガ島。そこには月と地球を結ぶ軌道エレベーターが建てられていて、そこに住む人たちは様々な仕事に追われています。そんなリンガ島で働く女性たちを主人公としたお話ばかりを集めたオムニバスストーリーです。
 本書には8編のお話*1が収録されています。
 「天上のデザイナー」では宇宙服のデザインというSF的お題とデザイナーとサラリーマンという職種形態の悲哀とそこからの一歩が描かれています。「港のタクシー艇長」では海上都市ゆえの移動手段である海上タクシーの艇長として働いている女性のお話。これだけだとアニメにもなった天野こずえの漫画『ARIA』を想起される方も多いでしょうが、本書の海上タクシーはそんなに優雅なものではありません。周囲は男ばかりですし、そんな中で女性が艇長として働くのはやっぱり大変です。「楽園の島、売ります」はデヴェロッパーと自然保護の両立をテーマとしつつ、さらりとSF的なオチが描かれています。「セハット・デイケア保育日誌」は様々な国から住民が集まる多国籍な都市であるリンガならではの多様な保育風景を描きつつ、こちらもやはりSF的オチがさらりと。近未来になっても日本が相も変らぬ資格社会なのには苦笑せざるを得ません。
 「Lift me to the Moon」というタイトルは新世紀エヴァンゲリオンのEDでおなじみ「Fly Me to the Moon」(私を月に連れてって)が元ネタ。本書の舞台設定の一番の特徴である軌道エレベーターで働くケージ・アテンダントの視点を通じて軌道エレベーターについて語られます。軌道エレベーターは文字通りエレベーターですが、宇宙への移動手段という意味では宇宙船のようでもありますし、定められた軌道上を動くという意味では垂直な鉄道というイメージで把握することもできます。そんな不思議な”乗り物”である軌道エレベーター。それは地球と宇宙の中間点です。宇宙に行くというのはどういうことなのか。人はなぜ宇宙を目指すのか。そんな本書の裏のテーマが少しずつ語られ始めます。「あなたに捧げる、この腕を」は、アーマートと呼ばれるロボットアームによる動力彫刻の芸術家が主人公のお話。人間の手ではなく機械で作業を行うアーマートが芸術と呼べるのか否かという問題提起は近未来ならではのもので好印象です。宇宙船の船首像という発想も近未来ものらしくて好印象です。主人公の性格についてはノーコメントの方向で(笑)。「The Lifestyles Of Human-beings At Space」は、アストロワーカー(宇宙作業者)の労働環境を改善するというプロジェクトから、やがて人間が宇宙に進出するとはどういうことなのかが改めて問い直されます。本書の総括的役割を担う作品です。「宇宙でいちばん丈夫な糸 ――The Ladies who have amazing skills at 2030.」は前日譚とでもいうべきお話。軌道エレベーターの建設に不可欠な多層カーボンナノチューブにまつわるロマンス。ど派手なプレゼンですね(笑)。

*1:文庫化に際して書き下ろし「宇宙でいちばん丈夫な糸 ――The Ladies who have amazing skills at 2030.」が追加されています。