『真夏の日の夢』(静月遠火/メディアワークス文庫)

真夏の日の夢 (メディアワークス文庫)

真夏の日の夢 (メディアワークス文庫)

 真夏の夜の夢ならぬ真夏の日の夢。
 目次を見ると、「ビフォー」からはじまって「一章 八坪に七人がひしめきあう家」「二章 外の物音に悩まされる家」といった感じで七章まで続いて最後に「アフター」があります。ページをめくると5頁目に「なんということでしょう……!!」とあって、つまりはTV番組「大改造!!劇的ビフォーアフター」のパロディなのは明らかです。
 もっとも、本書の場合はそれだけではありません。劇的を辞書で引くと、[形動]劇を見ているように緊張や感動をおぼえるさま。ドラマチック。「―な生涯」(goo辞書)とありますが、本書の場合は文字どおりの”劇的”で、つまり七人の演劇研究会員が主要な登場人物としたドラマが繰り広げられます。比喩ではなくホントに劇的なのです。公私に演技ばかりしているミステリ風味の物語です。

 ただ、圧倒された。演劇ってやつは生で観るためのもので、カメラなんかに写るのはその半分以下だってことを知った。
(本書p10より)

 このように、本書は随所に演劇へのこだわりが感じられる記述がありつつも、実のところそれ自体がフェイクとして機能している面があります。なぜなら、本書は”小説”だからです。

 それにつけても、ごちゃごちゃした家の間取りを一人称で説明することの難しさったら!
 これを書いてる時点で、まだ間取り説明部分が決定していません。くそう、ここだけいきなり三人称にしてやろうか。
(本書あとがきp276より)

 あとがきで触れられている一人称だからこその難しさ。それは一人称の語りによって得られる効果を作者が大事にしているからに他なりません。一つ所に何人かを集めて一定期間外部との連絡を絶ったらどんな影響が出るのかという心理学科の教授のアルバイトという触れ込みで集められた劇研のメンバー男女七人。火星への航海を想定しているという割にはあまりにボロいアパートという密閉された状況下で演劇の練習に励みつつ男女七人なんとか物語的なが恋愛模様が繰り広げられる……かと思いきや、中盤からはクローズド・サークル的サスペンスでミステリな展開が待っています。
 個人的にはもう少し心理実験的サスペンスを堪能したかったのでその点では正直物足りなかったり、あるいは、今どきの若者に分かってもらえるか心配なネタもいくつかあったりします。ですが、全体的な作りだけでなく細部にわたって匠の技を楽しむことができます。ミステリが好きな方にオススメです。