『舞面真面とお面の女』(野崎まど/メディアワークス文庫)

舞面真面とお面の女 (メディアワークス文庫)

舞面真面とお面の女 (メディアワークス文庫)

 工学部の大学院生・舞面真面は年の暮れに叔父の影面から奇妙な依頼を受ける。それは、財閥の長だった曽祖父・舞面彼面が残した遺言「箱を解き 石を解き 面を解け よきものが待っている」の解明だった。従姉妹の水面とともに謎に挑むことにした真面だったが、調査の過程で不思議な面をつけた少女が現われて……といったお話です。
 本書は12月24日から始まるお話で、主人公の舞面真面には水面という可愛らしくて自分を慕ってくれている従姉妹がいるにもかかわらずクリスマスや初詣といった肝心のイベントの機会をスルーするのはこれ如何に。それを描かずに何を描くのかと。ホントに「お兄様は阿呆」です。それはすなわち余人とは少し異なる主人公の価値観・人生観が反映された展開で、そういう意味で本書は変わったお話だといえます。

「不犯かお前」
「不犯?」
「童貞ということ」
(本書p94より)

 このやりとりはみさきという仮面をかぶった中学生(?)の女の子が「童貞」などという言葉を発するところが面白みなのは確かでしょうが、童貞から洞庭、すなわち中国の昔話である洞庭神君の逸話を想起するのは深読みに過ぎるでしょうか。洞庭神君については最近読んだラノベ『子ひつじは迷わない』2巻(玩具堂/角川スニーカー文庫)で偶々扱われていたりします。簡単に内容を紹介しますと、奇しくも竜王の娘を娶ることになった柳毅ですが元々気の弱い書生ゆえ湖に棲む妖怪たちに舐められっぱなし。そこで恐ろしい鬼の仮面をかぶりその仮面に相応しく振舞うことで妖怪たちを屈服させ湖の神=洞庭神君として認められるようになったが、気づいたときにはその仮面は顔から剥がせないようになっていた。つまり、仮面は仮面でなくなりその男の本当の顔になってしまった……というお話です。
 そんな洞庭神君がもしも再び違う人格を欲するとすれば、仮面の上にさらなる仮面を被るという方法が考えられます。それは、本書の主人公である舞面真面の姿にも被って見えます。舞面真面という名前は、面に面が重なった名前です。面があればついつい剥がしてみたくなりますが、案外、面自体がその人の本性なのかもしれません。
 箱があれば中を知りたくなる。謎があれば解いてみたくなる。もしかしたらその中身、あるいは答えには何か価値があるかもしれないから。でも、価値とはときに相対的なものです。分かる人にしか分からない価値というものは確かにあるのでしょう。そんな分かる人と分からない人を分かつ物語。つまり、「分かる」とは「分かつ」ということなのでしょう。本書はそんなお話です。
【関連?】玉藻前 - Wikipedia