『ハードボイルド・エッグ』(荻原浩/双葉文庫)

ハードボイルド・エッグ (双葉文庫)

ハードボイルド・エッグ (双葉文庫)

ハードボイルドhardboiled)とは、元来は「堅ゆで卵」、つまり白身・黄身の両方ともしっかり凝固するまで茹でた鶏卵のこと。
転じて、感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情、精神的肉体的に強靭、妥協しないなどの人間の性格を表す言葉となる。文芸用語としては、反道徳的・暴力的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいい、アーネスト・ヘミングウェイの作風などを指す。また、ミステリの分野のうち、従来の思索型の探偵に対して、行動的でハードボイルドな性格の探偵を登場させ、そういった探偵役の行動を描くことを主眼とした作風を表す用語として定着した。
ハードボイルド - Wikipediaより

 フィリップ・マーロウに憧れマーロウのようにいつも他人より損をする道を選んで私立探偵になった「私」。……とはいうものの、実際に私立探偵になってみたら舞い込んで来る事件のほとんどが迷子のペット探しを始めとする動物に関する仕事と浮気調査というのがこの種のお話のパターンというもので、本書もそうした例に漏れません。依頼の八割が動物に関する仕事、まさに「動物探偵」としてそこそこに稼ぎつつ、さらなる円滑な探偵活動とうるおいのある職場環境のために秘書を雇うことにして応募してみたら、思ってもみないダイナマイト(?)な秘書がやってきて、すっかりペースを乱されながらも仕事をこなしていたらまさかの殺人事件に巻き込まれ……といったお話です。
 小説の主人公に憧れて私立探偵になっては見たものの現実はなかなかに厳しくて、格好をつけようとしても格好はつかなくて、そんな「私」の探偵活動は、まさかの年齢詐称で無理やり「私」の秘書になった片桐綾――ぶっちゃけてしまえば明治生まれのお婆さん――に完全に引っ掻き回されます。つまりはハードボイルドのパロディといった側面の強いコミカルな作品です。
 ただ、確かにコミカルで楽しいハードボイルドのパロディではあるのですが、その一方で本書は紛れもないハードボイルド作品です。「ハードでなくては生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」をモットーとしつつ、ときには世知辛い現実にあっさり打ちのめされるつつも、ときにはハードボイルドを貫き通せることもあります。ですが、そんな風に格好をつけることができたときでもその姿はどこか滑稽です。格好をつけない格好良さ。それが本書の魅力です。
 半熟じゃない完熟(?)なハードボイルドの生き方を気取ってみたところで明治生まれの婆さんにかかればたちまち無効化されてしまうのですが、その婆さんにしても全然完熟なんかじゃなくて、つまりはどれだけ熱して固めたつもりでも卵は卵。本書のタイトルにはそんな意味が込められているのだと思います。つまり、生涯未熟ってことなんじゃないかなぁと思ったりしました。