『辛い飴―永見緋太郎の事件簿』(田中啓文/創元推理文庫)

辛い飴 (永見緋太郎の事件簿) (創元推理文庫)

辛い飴 (永見緋太郎の事件簿) (創元推理文庫)

 『落下する緑』に続くジャズミステリ、永見緋太郎事件簿シリーズ第2弾です。
 今回は味にちなんだタイトル作7編に文庫化に当たって追加収録作1編の全8編が収録されています。全編傑作とは言い難いですが、面白い作品もありますので、1巻同様オススメです。

苦い水

 タイトルどおりの苦々しい出だしからの意外な展開。まさに「良薬は口に苦し」ですね(ちょっと違うか?)。

酸っぱい酒

 オチが見え見えではありますが、見え見えのオチに向かってどのようなストーリーを紡いでいくのか素直に楽しむのもジャズミステリらしいといえるのではないでしょうか。

甘い土

 伝奇色というのは永見シリーズとしては異色ですが、著者の作風としては異色ではありません。永見シリーズにそういうのを期待していないのは確かですが、一作くらいこういうのがあってもいいでしょう。”たぶん……これはたぶんだが、日本人は日本の伝統音楽が嫌いなんじゃないか、と思っている。”(p203より)という著者の推測は思い当たる節もあって微妙な気分になります。

辛い飴

 表題作。辛い(からい)と辛い(つらい)は同じ漢字を書きますね、などとベタなことを思ったり。自分を貫くために新しいことに挑戦する。ジャズ小説らしい作品です。

塩っぱい球

 坂上ライガースや中吉ドラポンズはともかく黄泉売スネオズって(苦笑)。ジャズ奏者がプロ野球選手のテーマ曲を吹くことになるという変化球な作品ですが、巻末の単行本版あとがきで作者自身が述べているとおり野球をあまり知らないというボロが随所、というか要所に出ているのがいただけません。

渋い夢

 第62回日本推理作家協会賞短編部門受賞作*1。本作については巻末で山田正紀が熱く解説している、というか、この作品の解説しかしていないのですが(笑)、それくらい傑作だということでもあります。密室からのグランドピアノの消失という謎自体も魅力的ですが、その解明がジャズで行われるという展開には確かに痺れます。ジャズミステリの理想形といえる作品です。

淡白な毒

 岩崎宏美〈万華鏡〉とかレベッカ〈MOON〉とかドリカム〈go for it!〉とかナツカシス。聞こえないはずの音に耳を澄ませば、見えないはずの真実が見えてくる。味ネタが尽きたので「淡白」とつけたとのことですが、なかなかどうして複雑玄妙な味わいのミステリに仕上がっています。

さっちゃんのアルト

 文庫版のみ収録。とはいえ、20ページに満たない人情物語ですので既に単行本をお読みの方が無理にお求めになるような作品ではないでしょう。
【関連】『落下する緑―永見緋太郎の事件簿』(田中啓文/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館