『ゴールデンスランバー』(伊坂幸太郎/新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

「分からない」青柳春彦は返事をする。「ただ、俺にとって残っている武器は、人を信頼することくらいなんだ」
(本書p371より)

 2008年本屋大賞受賞、第21回山本周五郎賞受賞作品です。
 1963年に起きたケネディ大統領暗殺事件(ケネディ大統領暗殺事件 - Wikipedia)を下敷きに、首相公選制やセキュリティポッドによる監視社会といった今とは少し異なる少し未来の日本を舞台とした青年・青柳雅春の逃亡劇です。
 目次を見れば明らかなように、本書は「事件のはじまり」、「事件から二十年後」、「事件の視聴者」、「事件」、「事件から三ヵ月後」と、重層的かつ多面的に”事件”が語られています。事件直後の狂騒的な情報の錯綜と、それからしばらく経っての検討と、「歴史」となってからの述懐という構成は、twtterや掲示板といったリアルタイムな反応が可視化されるツールと既存のメディア・文字媒体が共存している今の時代に非常に即したものだと思います。
 金田首相殺しの濡れ衣を着せられ逃走という名の闘争をしている青柳にしてみれば理不尽かつ不条理としかいいようのない状況ですが、青柳を犯人とする物語は着々と状況証拠によって固められていきます。逃走劇の最中に学生時代の友人や後輩や元恋人との他愛もない思い出が挿まれていますが、それとに対比によって青柳が置かれている状況の異常性が際立っています。
 青柳を金田首相殺しの犯人という過去物語を描き出そうとする力。それに対して抵抗しようとする青柳の支えとなっているのが過去の思い出であるならば、両者の間には”過去とはいったい何なのか?”といった対立構図を見出すことができます。すなわち、制度的真理性に裏打ちされた虚構と、何の後ろ盾もない主観的な真実との対立です。
 作中において保土ヶ谷という人物が青柳の状況を詰む詰まないといった言葉で表現していますが、警察側(?)の視点に立ってみればまさに青柳という玉を詰ます詰将棋ですが、ひたすら逃げる手立てを考え続ける青柳にしてみれば逃げ将棋*1としかいいようのない状況です。自玉は絶体絶命なのに、何が自分を追い詰めようとしているのかも分からなければ相手の玉すら見ることができず、それどころかルールすらも分からないまま、青柳は逃げ続けます。
 巻末の木村俊介の解説にて、作者の「物語の風呂敷は、畳む過程が一番つまらない」(本書p683より)という言葉が紹介されていますが、本書はそうした物語を畳もうとする力に抗おうとする物語であるともいえます。
 このように骨太で深刻な物語であるにもかかわらず、本書は「ゴールデンスランバー」というビートルズの曲を標榜している通りに、リズミカルで読みやすい洒脱な語り口調によって描写が積み重ねられていきます。中身の詰まったスリルとサスペンスに満ちた上質のエンターテインメント作品としてオススメの一冊です。

*1:聞き慣れない言葉かもしれませんが、玉を逃がすための練習として考えられている問題のことをいいます。佐藤慎一四段がブログにてときどき発表されているので紹介しておきます。【関連】乾杯!(>< - サトシンの将棋と私生活50−50日記