『ベルファストの12人の亡霊』(スチュアート・ネヴィル/RHブックス・プラス)

ベルファストの12人の亡霊 (RHブックス・プラス)

ベルファストの12人の亡霊 (RHブックス・プラス)

 フィーガンは十二人に、一人ずつ目を向けていった。五人の兵士のうち二人はイギリス兵で、二人はアルスター防衛隊だ。それから、アルスター防衛隊のぱりっとした制服姿の警官が一人、アルスター自由戦士が二人。残りの四人は、まちがったときにまちがった場所にいた民間人だ。この十二人を自分が殺したことをフィーガンは覚えているが、一番大きな悲鳴をあげるのは、なかでもこの民間人の記憶だった。
(本書p9より)

 アイルランド共和派のテロ実行役として自分が殺した者たちの亡霊に怯え苦しみ酒に溺れるフィーガン。そんな彼がある出来事をきっかけに亡霊たちが指し示すままにテロ工作の指示を出したかつての指導者や仲間たちを次々に殺していく。そんな傍目には不可解な彼の殺人行為によって北アイルランドの危うい政治的均衡が脅かされることになり……といったお話です。
 ベルファストベルファスト合意(ベルファスト合意 - Wikipedia)が締結された北アイルランド問題(北アイルランド問題 - Wikipedia)において重要な都市です。とはいったものの、私もアイルランド問題にそんな詳しいわけではありませんけどね(苦笑)。なので、私みたいなのは巻末の訳者あとがきの用語説明を先に読んでもいいかもしれません。
 あらすじから想像されるそのまんまの、人殺しによる人殺しのお話です。過去の殺人が現在の殺人によって贖われるわけもなく、当然のことながら本書は陰鬱なお話です。”亡霊の指示による殺人”という理不尽な行為。そんな亡霊が呼び起こす過去の記憶、過去の殺人はより理不尽なものです。9.11以降、国家と個人の関係を問い直す作品が散見されるようになりましたが、本書もまたそうした系列の作品として理解することができます。ただ、政治的思惑に基づいたものであろうが私的幻覚に基づいたものであろうが、いずれにしても殺人が許容されるはずのものでもなく、しかしながら、そうした当然の理屈が作中の政治的背景下においてはスッポリと抜け落ちてしまっています。だからこそ、最後の最後での”慈悲”が重要になってくるのですが、この結末に納得できる方はそうはおられないのではないでしょうか。どこまでも理不尽なお話で、だからこそ海外での評価が高い(っぽい)のでしょう。
 正直言って、私が本書を面白いと思ったのは主人公ゲリー・フィーガンの生き様や行動などではありません。本書の一番の読みどころはデイビー・キャンベルの生き様にあります。二人の主人公、というにはキャンベルの出番はフィーガンほど多くはなくて、詳しく説明しようとするとネタバレになってしまうのですが、やはり二人の対比こそが本書の真価でしょう。
 凄惨なる過去の清算劇。オススメなようなオススメでないような、そんなお話です。