『天空のリング』(ポール・メルコ/ハヤカワ文庫)

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)

 あたしたちはそれぞれが才能を持っている。あたしたちは五人でひとり、人間の集合体、ボットなのだ。あたしたちは二十年まえ、目的を達成するためにつくられた。ひとりひとりが全体を強化するように設計されたのだ。あたしの専門はニュートンの法則と数学を直観的に理解できることだし、メダはあたしたちの声、モイラはあたしたちの良心、ストロムはあたしたちの力、マニュエルはあたしたちの手だ。
(本書p124より)

 2009年ローカス賞第一長篇部門受賞作品です。
 人類とAIが融合した〈共同体〉の突然の崩壊により荒廃した世界を立て直したのは統制府が創造した2人から5人の集団――小群(ボット)だった。外宇宙探査船の船長となるべく作られた5人のボット、アポロ・パパドプロスを形成する2人の少年と3人の少女――ストロム、マニュエル、メダ、クアント、モイラの5人は過酷な訓練を受け続けていたが……といったお話です。
 ボットという彼らの特徴が端的に現われているのが本書の語りの手法です。すなわち本書は、ストロム、メダ、クアント、マニュエル、モイラといった順で語り手を交代しながら物語が語られた上で、”アポロ”という私たちの視点、まさにボットの視点から語られるという独特の形式が採用されています。つまり、”私”であり”私たち”である存在の視点から語られる物語なのです。
 もっとも確かに5人の視点から交互に語られて、5人はそれぞれ性別の違いもあれば性格も異なりますしボット内で与えられた役割もあるのですが、しかしながら、5人それぞれの視点からの描写が個性豊かに語られている、といったような書き分けは本書ではなされていません。むしろ、それだけの違いがあるにもかかわらず、5人の個性は希薄であるといったほうがよいでしょう。ですが、だからといってそれが本書の欠点だと判断するのは早計で、つまり、それこそがボットなのだ、ということがいえるでしょう。”私”であり”私たち”でもあるというのはそういうことなのです。ボットではフェロモンによって意味や感情といった情報をやりとりしますが、それは蟻や蜂といった昆虫の集団を想起させるコミュニケーションの方法です。そうした個人と集団の関係が曖昧な視点からの描写を描いたものとして、本書はなかなかに面白い試みに挑戦しているものと積極的に評価してよいと思います。
 本書の物語が生まれた背景には、やはり9.11を契機とした個人と国家の関係の再確認といった問題が背景にあることは間違いない思います。また、ネットワークと個人の関係という枠組みにおいては、ボットとは一種のSNSのようなものとして理解することもできるでしょうか(あるいは当ブログのような複数管理人制のようなものと考えた方がより適切でしょうか?笑)。
 正直言ってストーリー自体はラストの展開に拍子抜けしたこともあって不満もあります。せっかくの設定ですからもう少し上手に活用できたように思うのです。それでも上述のように試み自体は積極的に評価してよいでしょうし、総体的にはなかなかの佳品だと思います。