『天体の回転について』(小林泰三/ハヤカワ文庫)
- 作者: 小林泰三,KEI
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/09/10
- メディア: 文庫
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天体の回転について
この作品の舞台は軌道エレベータが建設され、さらにそのことがすっかり忘れ去られた未来の時代である。
(本書あとがきp350より)
というのは分かるのですが、妖怪とは何なのか、妖怪と人類とを分かつものが何なのかが分かりません。それはともかく、萌えとは遠くにありて思うもの、ですね(笑)。
灰色の車輪
灰色の脳細胞ならぬ灰色の車輪。アシモフが提唱「ロボット工学三原則」をテーマにしたSFです。先端科学の実験が有する危険性ゆえにそれを研究する科学者たちは辺境の惑星に幽閉された環境で研究を行なわなければならないという設定が面白いです。三原則は第一原則>第二原則>第三原則と優先順位が付けられていますが、それってあたかも大脳、小脳、脳幹といった関係にも模せられるのかもしれないと思ったり。
あの日
物理トリックと叙述トリックの巧みな融合……って、んなわけあるか!(笑)
それはともかく、両者はミステリというジャンルにおいてときに対立するものとして語られることもありますが、そうした関係を俯瞰的に描くためにはミステリというジャンル外のSF的手法を選択したのは正解であったと思います。しかし、それにしても……。
性交体験者
セックスに凶暴で暴力的な側面があることは否めませんが、なにもここまでホラーチックなものにしなくても(苦笑)。男女のジェンダー的な位置づけを短編世界において反転しつつコンパクトにまとめ上げた筆力そのものは巧みだと思いますが……。
銀の舟
1976年にバイキング一号が撮った火星表面に写っていた人の顔のように見える巨大な岩石、いわゆる顔面石をモチーフとしたファーストコンタクトもの。これまた発想としては「天体の回転について」と近しいものを感じますが、二段構えの意外な結末によってスケールの大きさが増幅されているのがポイント高いです。
三〇〇万
タイトルの元ネタは300人のスパルタ兵が200万人ともいわれたペルシャ軍と互角に渡り合ったというデルモピュライの戦いですね*1。戦争もまた異文化コミュニケーションの一種ということになりますか。
盗まれた昨日
短期記憶と長期記憶の関係をコンピュータになぞらえるとメモリとハードディスクの関係と理解することができるでしょう。してみると、人間の自我を形成する上で優位なのは果たしてどちらなのか? 人間のアイデンティティは”今”なのか、それとも”過去の連続性”によるものなのか……?
時空争奪
これは全くの私見なのだが、世間で「タイムパラドックス」と言われているものは、おおよそ四種類に分けられる。
まず第一は真性のパラドックスであり、致命的に思われる「親殺し型」のパラドックスである。(中略)
第二は擬真性パラドックスとでもいうべきものだ。「歴史改変型」のパラドックスでこれは単に歴史を改変するだけである。(中略)
第三は仮性パラドックスである「時の輪型」パラドックスである。(中略)
最後はストーリーの要請上のパラドックスであり、これこそパラドックスでもなんでもない「未来の自分と過去の自分の出会い」型パラドックスである。
(本書あとがきp354〜355より)
タイムパラドックスが以上の4類型に分けられるとしても、その作品がどの類型に当てはまるかは最後まで読まなくては分からなくて、そこに至るまでは類型間の緊張関係があるものと考えられます。そんな緊張関係に宇宙論とクトゥルフ神話を露骨かつ巧みに滑り込ませています。「わたしのSFはホラーを科学の目を通して見ているだけなのだ」(本書あとがきp357より)という著者の作風がもっとも顕著な一作だといえるでしょう。