初野晴『空想オルガン』角川書店

空想オルガン

空想オルガン

『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』に続く、「ハルチカシリーズ」第3弾です。
ハルチカシリーズ」は吹奏楽部を中心にした「青春」部分と、彼らにふりかかる難事件という「ミステリ」の絶妙な調和が心地よいシリーズですが、この巻は彼ら清水南高吹奏楽部の夏の大会のヒトコマとなります。
したがって、必然的に「ミステリ」部分は影を潜め、「青春」部分が大きな割合を占めることになります。

だけどわたしが語りたい物語は、東海大会初出場までの道のりではない。
わたしには決めていることがある。
いつか大人になって高校時代のことを話すときがきたら、あのときの苦労話や努力の軌跡は決して口にしないと。
これはちょっとした心境の変化だ。
その代わり、どんなに苦しいときでも、素敵な寄り道ができたことを伝えたい。どんなに厳しい環境でも、ちょっとだけ遠まわりして楽しく生きたことを教えてあげたい。それが許される宝石箱のような時間は、だれにでも必ずおとずれるのだから−−−−
(P13)

とはいうものの、ストレートに「ブラバン小説」となるわけもなく、初野晴独特のビターな筆致で吹奏楽「以外」の部分に筆が割かれています。
同じ「学生時代」をビターな筆致で書く作家として、『春季限定いちごタルト事件』にはじまる「小市民シリーズ」などでおなじみの米澤穂信が挙げられると思いますが、彼は学生時代「そのもの」をビターに書くのに対し、初野晴は「学生時代」という一つの「世界」につながる「それ以外の世界」との「つながり」を強調することにより、逆説的に「学生時代」を浮き立たせています。
それは例えば異国で起きた悲しい過去であったり、過去にあった「事件」であったり、また普段過ごしている「わたしたち」とは一見無関係の「世界」であったりします。
初野晴の作品ではほぼ一貫して「マイノリティ」について書かれており、「異常・異端」を「わたしたちの住む世界」と地続きにつなげ「正常という異端」を描いています。
この巻でも、彼の他の作品を読んできた読者なら思わず「おお」と唸りたくなるような「テーマのリンク」(そう、彼は人物ではなく、「テーマ」をクロスオーバーさせるのです)が登場します。
ハルチカの夏の挑戦の軌跡ももちろん楽しめましたが、それ以上に「ハルチカシリーズ」、ひいてはこの作者についていろいろ考えた一冊でした。
【ご参考】
初野晴『退出ゲーム』角川文庫 - 三軒茶屋 別館
初野晴『初恋ソムリエ』角川書店 - 三軒茶屋 別館
(以下は既読者限定の余談です)
ところで、帯には「シリーズ最大の謎」と銘打たれていましたが、実際にはあまりこの巻では「謎解き」という要素がありませんでした。「すわ、オビオビ詐欺か」とも思いましたが、別にこの巻で最大の謎をハルチカが解決するとは一言も書かれていません。
つまり、「最大の謎」とは1巻から引っ張ってきている「草壁先生の空白の過去」なのではないか、と勝手に解釈しています。
この謎と3年目の普門館挑戦が、「ハルチカシリーズ」のクライマックスになるのではないかなぁ、などと妄想しています。
いずれにせよ、続刊が楽しみなシリーズですね。