初野晴『退出ゲーム』角川文庫

退出ゲーム (角川文庫)

退出ゲーム (角川文庫)

「きみたちがこれから経験する世界は美しい。しかし同時にさまざまな問題に直面するし、不条理にも満ちている。僕は成島さんが無理に吹奏楽の世界に戻らなくてもいいと思っている。だがもし、立ちどまった場所から一歩を踏み出すきっかけをだれかがつくってくれるのなら、それは大人になってしまった僕じゃなくて、同世代で同じ目の高さの君たちの役目であってほしいんだ」(P107)

初野晴ハルチカシリーズ」1作目です。
廃部寸前の吹奏楽部で、普門館を目指す熱血脳味噌筋肉少女のフルート吹き・穂村千夏と、中性的で明晰な頭脳を持っているがとある秘密を持っているホルン吹き・上条春太の二人が、部員集めに奮闘しながら、様々な「事件」に出会う、という連作短編です。
この作品は、いわゆる、「日常の謎」というジャンルとして、分類されるかもしれません。
このジャンルとしては北村薫加納朋子、そして米澤穂信などが有名ですが、「日常を舞台にしたミステリ」として、この『退出ゲーム』もさまざまな「謎」が主人公たちに降り注ぎます。
消えた青い鉱石、全面「白」のルービックキューブなどなど。
いわゆる「トリック」を中心としたがっつりしたミステリではないかもしれませんが、「謎」と「謎が解けるときのカタルシス、あるいは苦い後味」は読みごたえがありますし、その「謎」については、米澤穂信さよなら妖精』に近しいものを感じました。
一方でハル・チカの二人を中心とした「部活青春もの」としてもよくできています。
廃部寸前の吹奏楽部、一話一話進むごとに加わる部員など、宇佐悠一郎『放課後ウインドオーケストラ』を彷彿とさせますが、小説だからこそ描写できる各キャラの内面や各楽器の蘊蓄、そして吹奏楽部の「雰囲気」が巧みに書けています。
作者は「僕にとって願望のファンタジーに近い、箱庭的な世界」*1と言っているそうですが、確かに「理想の文化系クラブ」という雰囲気が良くでています。
脳味噌筋肉・イケイケゴーゴーのフルート・チカ、そのハルにどつかれるホームズ役のホルン・ハルタを中心に、個性豊かなキャラクタが数々登場。また、「生徒会ブラックリスト十傑」や「発明部」など怪しい文化系クラブなど、「学園もの」としてもにぎやかで楽しく読めます。
ちなみに、本作でフジモリの白眉は表題の「退出ゲーム」です。演劇部の変人部長と対決する羽目になったチカたちのエピソードですが、ロジックと機転が鍵を握る「退出ゲーム」そのものも面白かったですし、ホロリとする結末もまたよかったです。
「日常ミステリ」と「部活青春もの」が絶妙にブレンドされた佳作だと思いますし、このシリーズを追いかけてみたくなる、そんな作品に出会えました。オススメです。
【ご参考】宇佐悠一郎『放課後ウインド・オーケストラ』集英社 - 三軒茶屋 別館

放課後ウインド・オーケストラ 1 (ジャンプコミックス)

放課後ウインド・オーケストラ 1 (ジャンプコミックス)

*1:P293解説より