「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評

バクマン。 9 (ジャンプコミックス)

バクマン。 9 (ジャンプコミックス)

バクマン。』9巻が発売されました。
ジャンプ連載ではすでに新局面を迎え、単行本の巻数ではおそらく前作『DEATH NOTE』を越えると思われます。前回の感想でも言いましたが、アニメ化もされますし、良い意味でジャンプにおける中堅マンガとして確固たる地位を築いていると思います。
ジャンプにはこういった中堅マンガが数多くあることで、全体の安定感を支えている部分もありますので非常に興味深いところです。
しかしながら、『DEATH NOTE』と違って「社会現象」を巻き起こすまでには至っておらず、原作者大場つぐみがジャンプでの連載第一回の作者コメントで言っているとおり「地味」であることは否めません。この辺については今後の展開と一部リンクするかなぁ、と個人的に思っています。

前巻では編集・港浦とともにギャグ漫画『走れ!大発タント』を連載に向け二人三脚しようとしたところであり、またライバルである秋名愛子原作・新妻エイジ作画の『+NATURAL』が連載に向け動き出すところで終わりました。
この巻も、第2の連載に向けサイコー・シュージンの二人が悪戦苦闘します。
個人的には、この巻は「ライバルたちの成長と主人公の挫折」であると考えています。

ギャグマンガの作り方

紆余曲折ありましたが、ギャグマンガ『走れ!大発タント』は連載を勝ち取ります。同時にライバルである『+NATURAL』の連載も決まり、サイコー・シュージンたちにとって「負けられない」戦いの始まりとなります。
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しかしながら、望まずして「描かされた」ギャグマンガ
バトルマンガであれば死亡フラグが、スポーツマンガであれば負けフラグがプンプン漂ってくる展開です。
実際、連載が始まってからも彼らは苦戦を続けます。
ギャグマンガというジャンルそのものがストーリーマンガに比べて人気の面で苦戦するのと同時に、ギャグマンガというのはストーリーは度外視、いかに1話の中にテンポよいギャグを盛り込めるか、という点が大きな比重を占めます。
お笑いなどでも、テレビで見せるネタはライブなどで場数を踏み、ふるいにかけられたネタがいわゆる「鉄板ネタ」としてレパートリーとなっていきます。
【ご参考】落ちこぼれだったオードリーが長井秀和から学んだこと - 笑いの飛距離
漫画でも同様で、『マンガ脳の鍛えかた』という本で、かつてジャンプで『ジャングルの王者ターチャン』や『シェイプアップ乱』など数々のギャグマンガをヒットさせたマンガ家・徳弘正也はインタビューでこう語っています。

「あまりこんなことは言いたくないですけど、僕、必ず何かしら(ギャグが)浮かぶんですよ(笑)。すごくいいギャグが浮かぶというわけじゃないですよ。うんうんうなりながら、そこそこのものは、何とか出すことができる。まずは、そのネタでお茶を濁して、いったんネーム全体を仕上げておくんです。で、そのまま時間を置いて、もっといいものが出ないか待ってみる」
この”待つ”時間を確保するために、徳弘は原稿を約3話分先行して進めている。
「別のことをやって、時間を置いてから見直すと欠点がわかる。描いて、置いて、直して、というのをギリギリまで何度も繰り返して、最終的に一番いいギャグを入れる。特に担当さんがネームを見てつまらなそうな顔をした時には、絶対新しいものを考えますね。今日もそれでギャグ3つ直しましたよ(笑)」
(『マンガ脳の鍛えかた』集英社P60)

ストーリーについてあまり練り込まなくて良いぶん、盛り込んだギャグをいかに練り込むか、について注力する作者の姿勢が窺えます。

ギャグマンガ家の苦悩

しかし、ギャグマンガがお笑いと決定的に異なる点は、「客の反応がダイレクトにない」ことです。マンガ家が一人の場合、笑わせる相手は編集ないし身内がメインだと思われます。(あくまで想像ですが)
担当編集の港浦は、お世辞にも「このギャグが一般にウケるか」という視点で読んでおらず、あくまでも自身の感性のみ。
ストーリーマンガであれば盛り上がる展開を描くことで自身のモチベーションを上げることもできましょうが、ギャグマンガ家はある意味で「孤独な戦い」を繰り広げます。
ギャグの創出で日に日に疲弊していくシュージン。
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もともと「頭で考える」ことは得意なものの、センスや感性が優先されるギャグには向いていなかったシュージンにとって、週刊ペースでギャグマンガを描くということは予想以上に苦痛であることは容易に想像できます。
ギャグマンガ家の苦悩や消耗、疲弊については、過去の実在の事例からも推測できますし、ギャグマンガが連載当初のテンションをうまく保ったまま終了する、という作品は非常に希だと思います。
実際、当時一世を風靡したギャグマンガである『すごいよ!マサルさん!』では、最終巻の後書きで、作者であるうすた京介

「全力を尽くしてうんこを出した気分。」
最終話を描きながら、何かそんな気分でした。だからといって別に悪い気分ではありません。たとえ出すのはうんこでも、死ぬ気で出したうんこです。輝かしいうんこ。一生忘れる事のない、素晴らしいうんこ。気持ちの込もった、せいいっぱいのうんこ。
でも、うんこ。
それがギャグ作家ってヤツなんだな・・・。
うすた京介『すごいよ!マサルさん』7巻P199)

という言葉を残しています。
下品な表現かもしれませんが、毎回毎回のギャグを「ひねりだすこと」についての苦悩が生々しく伝わってきます。

港浦という「上司」

シュージンの消耗、新妻エイジの活躍。そして彼のライバルとして公言されたにも関わらず、
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実力が追いつかないことにいらだちを感じるサイコー。
ついに彼は、せっかく勝ち取った連載である『走れ!大発タント』を終わらせ、新妻エイジに勝てる作品を描きたいと強く望み願うようになります。
シュージンとも話し合い、その旨を担当・港浦に告げるサイコーですが、当然のごとく反対されます。
しかも、自身の反対ではなく、上司に掛け合ってくれとトラブル解決を上に振る始末。
こうして振り返ってみると、亜城木夢叶にギャグマンガを描かせた担当・港浦は、
・自己の出世欲と
・自身の希望(ギャグマンガをジャンプに載せたい)
のために
・相手の適性を考えず
・相手が望んでいない
作品を
・土下座という浪花節で無理矢理説得して
描かせた、という、にんともかんともな行動をしています。
これが通常の社会人の世界だったら、「はまる人ははまるけど、基本的に人望がなく部下が次々と辞めたり倒れていく」、あまり下につきたくない上司確定です。
「ジャンプ編集」なので完全な悪役としては描けない、というオブラートに包んでいてもなお、これだけ溢れでてくるダメダメさは、現実の「作者と編集」間に横たわる問題の根深さを感じます。
小説家・森博嗣は、作者と編集者の関係についてこう書いています。

一例を挙げるならば、編集者は、みんな作家に好かれようとする。お上手を言い、煽てる。ようするに営業マンなのだ。ところが、直接の担当者ではなく、少し偉くなった編集者(たとえば、部長、編集長など)になると、今度は、「あの作家は俺が育てた」という過去の栄光を話すようになる。お上手を言い、煽てることで彼らは「作家を育てている」という感覚なのだろう。
森博嗣『小説家という職業』集英社新書P148)

【ご参考】『小説家という職業』(森博嗣/集英社新書) - 三軒茶屋 別館
原作者・大場つぐみの意図するところかそうでないかはわかりませんが、「漫画家」を描くことで、マンガという「創作」に対する「編集者」の姿も自然と炙り出しているところに、良い意味でも悪い意味でも『バクマン。』が「”現代”の『まんが道』」であるのだなぁ、と感じてしまいます。

次なる戦いに向けて

編集長に直接掛け合い、新妻エイジに勝てる漫画を描くことを条件に『走れ!大発タント』連載を終了させてもらうことになったサイコーとシュージン。
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元担当・服部も裏で彼らに協力することとなり、背水の陣での戦いが始まりました。
彼らは新妻エイジに勝つために、どのような「漫画」を描くのか?またもよい引きで次巻にと続くこととなります。



この巻はこれまで以上に読者にフラストレーションが溜まった巻だと思います。
主人公たちのパワーアップのためとはいえ「挫折」を経験させるという展開は、毎週毎週のアンケート人気を重要視するジャンプの中で、「人気は大丈夫だろうか?」とメタ的な意味でもハラハラした読者もいたかと思います。
しかしながらやはり「ジャンプ」という戦場で戦う上では、才能なきものにとって挫折と成長は必須。この巻で溜まったフラストレーションが次の巻でどう活きるのか、彼らの「成長」に期待したいと思います。
【ご参考】
『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評
『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評
『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評
編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評
漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評
病という「試練」。『バクマン』6巻書評
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「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評
第一部、完。 『バクマン。』11巻書評
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*4:P177