『双生児』(クリストファー・プリースト/早川書房)

双生児 (プラチナ・ファンタジイ)

双生児 (プラチナ・ファンタジイ)

「ジャンルSFの”改変歴史”ものの大半は結果を扱っている。歴史が違うコースをたどったと仮定して、現実とは微妙に(あるいは大きく)違う現在を描く。……『双生児』では、新しいことがやりたかった。つまり、結果ではなく、歴史の流れを実際に”分岐(separation)”させたかもしれない過程を検討することだ」
(本書巻末の大森望の解説p501で紹介されている著者の言葉より。)

 本書の原題は「The Separation」です。ジャックとジョニーという一卵性双生児の人生を起点とした歴史の分岐。1999年の作家の視点を外枠に、第二次世界大戦でのそれぞれの双子の視点から、異なる歴史が語られます。まさに歴史の迷宮です。

 戦争は嘘がなければ戦えないものだ。
(本書p132より)

 上記引用の作者の試みは非常に面白いと思います。歴史、特に戦争については、日本では「史観」という言葉が使われたりもしますが、様々な歴史の見方・解釈、事実の認定・不認定といった様々な意見の相違があるにもかかわらず、私たちは同じ現在を生きています。こうした歴史の真実を、本書は実に大胆な構図で描き出すことを試みたもので、しかもそれは見事に成功しています。その一方で、そうしたマクロの視点のみならず、ミクロの視点にも焦点があてられています。すなわち、ジャックとジョニーという一卵性双生児の視点から語られる個人史ともいえる物語は、歴史の分岐点がそうした個人の行動や決断といったものによって作られるものであることを再認識させてくれます。二人乗りボートのイギリス代表選手としてベルリンオリンピックに出場した二人。戦争に対する考え方の違い、ビルギットという女性を巡る親愛と疑惑とが重ね合わせ状態となる心理。そんな極めて個人的で道徳的な事柄についての思惑が歴史を作り、しかしながら、その歴史が二人を裏切ります。いや、歴史のみならず記憶もまた……。
 そんなマクロとミクロの視点の往還が、ときに歴史の真実に光をあてつつ、ときに歴史の迷宮の奥の奥へと読者をいざないます。
 歴史ミステリとしては、ルドルフ・ヘス(参考:ルドルフ・ヘス - Wikipedia)のイギリス飛行についての解釈が非常に興味深いです。これこそが本書の歴史改変小説の分岐点といえます。どちらの説をとるかによって、その他の歴史的事実についても解釈が変わってきてしまい、それこそ歴史という物語が変わってしまうのですが、それでいて、どのような考え方をとるにせよ現在につながらなくてはいけません。歴史を再検討する、とはこういうことなのでしょう。そんな歴史学の面白さを本書は感得させてくれます。
 なお、本書の真相や細かい仕掛けなどについては、巻末の大森望の解説にて懇切丁寧に語られていますので、リーダビリティに引っ張られてぐいぐい読み進めてしまってもストレスを抱えたままになることはないのでご安心を。
 SFというジャンルの枠を超えて多くの方にオススメしたい一冊です。