『田舎の刑事の趣味とお仕事』(滝田務雄/創元推理文庫)
- 作者: 滝田務雄
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/09/30
- メディア: 文庫
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まずは何といってもキャラクターが立ってるのが良いです。本書は創元推理文庫にしては珍しく解説ではなく作者による文庫版あとがきが付されています*1。これは出版社側としてもキャラ読みを期待していることの表れだと思います*2。そんな各キャラクターの役割、立ち位置について作者あとがきで次のように述べられています。
基本的に黒川さんは漫才で言うツッコミで、白石くんがボケ担当です。しかしこの黒川さんというのはツッコミ役と同時に弄られキャラでもありまして(中略)二作目からは何があってもツッコミ役というポジションを崩さない赤木くんを導入しました。(中略)
さらに黒川さんの奥さんは神出鬼没でフリーダム。課長はとことんマイペース。白石くんは壮絶な天然ボケをかまし、黒川さんが身もだえする横で、赤木くんはあきらめのため息をつく。静かな田舎の騒がしい警察署の日常は少しずつ形になってゆきました。
(本書あとがきp268より)
本書をミステリという観点から捉えますと、やはり黒川さんのキャラクターが面白いと思います。探偵役でありながら弄られ役でもあり、その弱いところが存分に描かれています。ミステリの探偵役にありがちな超然とした雰囲気が黒川さんにはまったくありません。しかし、いざというときにはしっかり謎を解く黒川さんの信頼感は、紛れもなく探偵役のそれです。
また、警察官としての仕事ぶりが意外と(笑)丁寧に、といいますか、理想を大切にして描かれているのが面白いです。黒川さんたち田舎の警察の刑事課の仕事はハッキリ言って暇です。にもかかわらず、いや、だからこそというべきなのでしょう。事件に向き合う黒川さんの警官としての仕事はとても丁寧です。
「黒川さんの考えでは犯人は常習犯なんでしょ。証拠なんかなくたって別件で引っ張れますよ。それからちょっと締め上げれば白状しますって」
「あのねえ、何度も言いますけど、それで起訴したとしても、真犯人が裁判で無罪になってしまっては何の意味もないでしょう。きみのやり方だけじゃあ、弁護人がお猿さんでも真犯人は自動的に無罪になりますよ」
(本書p60より)
こうした適法な捜査・適正手続といったデュー・プロセス(デュー・プロセス・オブ・ロー - Wikipedia)の精神がミステリのフェアプレーの精神と結びつくことによって、ライトな雰囲気でありながらも骨格がしっかりしたミステリとなっています。
以下、各短編の雑感。
田舎の刑事の趣味とお仕事
黒川さんの趣味はネットゲーム(しかも、なぜかネカマ)です。いまどきの田舎に住んでる人らしいと趣味といえるでしょうか(?)。ゲームと現実の事件の謎解きの違いについて述べながら、それでいてゲームがヒントとなって現実の事件が解明されていくという謎解きの描き方が面白いです。
田舎の刑事の魚と拳銃
二作目にして赤木くんが登場人物に追加されたのも納得の展開です。あと、黒川さんの奥さん恐るべし(笑)。
田舎の刑事の危機とリベンジ
黒川さんがあれよあれよという間にコンビニ強盗立てこもり事件の被害者になってしまった過程が面白いです。……と思ったら意外な展開と真相が。とぼけた会話に気を許してしまうと、どうしても推理が疎かになってしまいます。そこが本書の面白さではありますが。
田舎の刑事の赤と黒
カラスによるルビーの盗難という事件そのものはあまりにも人工的過ぎて食指が動きません。ですが、その後の事件関係者を巡る心情の機微・反転する真相は、黒川さんと奥さんのやりとりも含めてとても鮮やかで印象に残ります。
田舎の刑事とウサギと猛毒
猛毒なのは青酸カリだけではありません(笑)。田舎と都会の常識の違いがロジックに活かされている点が目を引くのは私が田舎育ちだからかもしれませんね。
*1:他に似鳥鶏『理由あって冬に出る』などにあとがきが付されています。