『橋本崇載の勝利をつかむ受け』(橋本崇載/NHK出版)
- 作者: 橋本崇載
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2010/02/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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大雑把に言って、将棋の行為は「攻め」と「受け」の二つに分けることができます。将棋を始めたばかりのころは、当然攻めに比重が置かれるでしょう。将棋は敵玉を詰ませばいいゲーム。よって覚えたてのころはガンガン攻めるべきですし、それが正しい。
ところがあるレベルに達すると、攻めるだけでは勝てなくなります。相手が先に攻めてくることもあるでしょう。そういうときに受けの技術が求められるのです。バランスのいい食事が健康な肉体を作るように、将棋も攻めと受けのバランスが大切です。
(本書p2〜3「はしがき」より)
本書は、平成21年4月から9月まで、『NHK将棋の時間』で放送された講座「橋本崇載の受けのテクニック教えます」のうち、4月から7月までの内容に加筆・再構成がなされることによって分かりやすくまとめられたものです*1。
「攻め」の反対が「受け」なのは将棋ファン(と腐女子の方)にとって常識ですが*2、大抵の棋書はまずは「攻め」に重点が置かれています。そのため、「受け」をテーマにした本書はとても珍しいといえます。
将棋漫画『ハチワンダイバー』(柴田ヨクサル/ヤングジャンプコミックス)には”中静そよ”という将棋がとても強いキャラクタが登場します。彼女の呼び名は「アキバの受け師」。圧倒的な受けの力が特徴の将棋指しです。しかし、「攻め」と違って「受け」は具体的な戦法に依存することで表現するのが難しい性質のものです。そのため、受けが強いとはいったいどういうことなのか? 受けとはいったい何なのか? といったことは『ハチワン』を読んでも、感覚的には分かると思いますが、具体的に理解することは難しいでしょう。本書はそうした「受け」を理解するのに格好の教材です。
本書は三章構成になっています。
第一章は「終盤編|正確な読みで勝ちきる」。お互いの玉が「詰むや詰まざるや」といった切迫した状況にある中において、玉とその周囲を中心とした部分図での「受け」のテクニックが解説されています。すなわち、受けのパターンを(1)持ち駒を使って受ける、(2)玉を逃がして受ける、(3)盤上の駒で受ける、の3つに分類した上で、状況に応じた受けの使い分けが説明されています。そのためには互いの玉の安全度や速度計算といった緻密な読みの裏づけが欠かせません。終盤での様々な受けの妙技の数々は「逆転のゲーム」と呼ばれる将棋の醍醐味でもあります。本書を読めば「羽生マジック」と呼ばれるような終盤の勝負手に対する理解もより深まると思います。
第二章は「中盤編|優れた大局観で優勢を築く」。こちらもやはり部分図ではありますが、第一章よりも盤面を広く見ることが要求されますし、把握しなければならない駒の数も増えています。互いの駒がぶつかる中盤戦において優勢を築くためには、その局面で何が大事なのかを見極めと、その指針に沿った指し方が必要となります。ただ守るだけではなく、いかにして目標を持った受けの手を指すか。そうした目標のことを将棋では「大局観」と呼びますが、一概に大局観を鍛えるといってもとても難しいです。そもそも受けるべきか攻めるべきかの判断がとても難しいのですが、受けの手がまったく見えないのに受けるべきといわれてもどうしようもないでしょう。重い受け・軽い受け、強気な受け・争点を消す受け。ときにはさばき、ときには厚く。様々な局面での受けのテクニックが紹介・説明されています。
第三章は「問題編|実戦に応用する」。一章・二章のおさらいが著者の実戦譜など盤面全体を使った実践的な形式で解説されています。
橋本崇載といえば「ハッシー」のニックネームで親しまれ、独特のファッションや言動などで人気の棋士ではありますが、本書の内容は実に堅実なもので、ケレンはまったくありません。内容的にもどちらかといえば中級者向けの茫洋とした内容の本です。なのでネット上のイメージだけで本書を手に取ってしまうと拍子抜けされてしまうかもしれませんので、その点はご注意を。
著者である橋本七段は2009年12月に将棋が指せるバー「SHOGI BAR」をオープンしました(【参考】橋本崇載七段のブログ:http://blog.livedoor.jp/hassy_blog/ )。もしも橋本七段がお店におられれば、本書を持っていったらきっと喜ばれると思いますよ(笑)。
- 作者: 柴田ヨクサル
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2006/12/19
- メディア: コミック
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*1:8月から9月までの内容、特に代表的な戦法に対しての受け方はとても参考になったので、それが端折られてしまったのは正直とても残念です。