『君がいなくても平気』(石持浅海/カッパ・ノベルス)

君がいなくても平気 (カッパ・ノベルス)

君がいなくても平気 (カッパ・ノベルス)

 本書では、探偵でも犯人でもワトソン役でも被害者でもない人間を描きました。彼は探偵ではないので超絶的な推理力もなく、犯人ではないので際立った行動力もなく、ワトソン役ではないので頼りになる相棒もおらず、被害者ではないので殺されるほどの業も抱えていません。そんな人物が、自分の恋人が殺人者だと知ったら。はたして、どんなことを考え、どのような行動を取るのでしょうか。
「自分は決して彼のようにはしない」と考えながら読んでいただければ幸いです。
(本書カバー折り返しの「著者のことば」より)

 ミステリとしての著者の意図は上記の通りで、それは読めばはっきりと分かります。分かりますが、しかし主人公がそれなりに有能だったりするので結果的に中途半端なものに終わってしまっている感は否めません。何よりミステリとしては工夫も意外性もないのが致命的なのですが、それは本来なら脇役とされるような人物を主人公としたことによる必然に他なりません。なので、ミステリ的な期待はあまりせずに本書を手に取ることを推奨します。いや、試みとしては非常に面白いとは思いますが。
 社内で共同開発チームに所属する人物のみが主要人物として進められるストーリーは、そこはかとなく”理系ミステリ”と評されることもある森博嗣のミステリを彷彿とさせますが、比べると本書の方がかなり湿っぽくなっているのが面白いといえば面白いです。
 つまるところ本書の面白さというのはそうした湿っぽさ、もっといってしまえば現代の勤め人の考え方が主人公を通じて描かれている点にあると思うのです。付き合いながらも結婚までは考えていない(考えられない)単身者の恋愛関係。サラリーマンとしての理屈。そうした今時の考え方が、殺人事件という非日常的な出来事と接することによって問い直されたり浮かび上がったりしている点が本書の特徴だといえるでしょう。作中の妙な(?)セックス描写も、ひょっとしたらサラリーマンを読者として想定した上でのサービスシーンじゃないかと勘繰ってしまいます(笑)。ただ、これでサラリーマンの共感を得られるのか、私にはイマイチ分かりかねます。もしかしたら逆に鼻についてしまって反感を買ってしまうような気もしないでもないので何ともいえませんが……。
 とはいえ、2人の関係と殺人事件とか終焉へと確実に向かっていく過程はサスペンスとして堪能できます。傑作とかいう気はサラサラありませんが、単に脇役を主人公としただけのアイデア倒れの作品に終わっていない点は素直に評価してよいと思います。