『私の大好きな探偵―仁木兄妹の事件簿』(仁木悦子/ポプラ文庫ピュアフル)

 仁木悦子。1957年に『猫は知っていた』で第3回江戸川乱歩賞受賞によって注目を集め、「日本のクリスティ」ともいわれた作家。とのことですが、私のような若輩者にとっては正直言って名前くらいは聞いたことがあるけど……という作家に過ぎません(笑)。ということで、私は本書で初めて仁木作品を読みました。
 本書は戸川安宣の編集による短編集です。仁木雄太郎と仁木悦子の兄妹探偵が主人公のシリーズの「傑作選」との触れ込みですが、作者に特別な思い入れのない一読者としての正直な感想をいわせていただきますと、過度な期待は禁物だといえるでしょう。特に第1話「みどりの高炉」と第2話「黄色い花」は軽めのパズルみたいですし小説としても奥行きがなくて物足りません。ですが、ミステリの沿革的に、あるいは昭和という舞台的に、クラシカルな雰囲気のある物語を堪能することはできます。ケレン味こそありませんが堅実でほのぼのとした雰囲気には好感が持てます。
 もっとも、作者は大井三重子という別名義で童話も描いていた、とのことです。そして、主人公である仁木兄妹が少年少女だった頃のお話は、そうした年頃の子供向けに書かれたお話であることは頭に入れておく必要があります*1
 また、後になるほど仁木兄妹も年齢を重ねていくように編まれている(編年体)のですが、それと比例するかのごとく内容も奥深いものになっていきます。それは本書の書かれた順番も概ねそのようになっているからではあるのですが*2、登場人物の成長を単純な年齢という数字だけではなく作品の内容面からも感得することができるのは、本書一冊だけでシリーズものの醍醐味を味わうことができるという意味でお得感のある仕様だといえます。

みどりの香炉

 中学3年生の雄太郎と1年生の悦子の兄妹がおじさんの家に泊まりに行ったときに遭遇した緑色の香炉の盗難事件。弱いものを助けるための推理というのは子供向けのお話として王道です。

黄色い花

 子供の頃から植物に夢中で、このお話のときには植物学専攻の学生である雄太郎。本作ではそんな雄太郎が植物についての博識ぶりを存分に発揮して事件を解決に導きます。専門知識が先立ちますが、必要な知識は予め提示された上で改めて推理が構築されるのでアンフェア感はありません。

灰色の手袋

 関係者の証言を照合することによって浮かび上がる謎。錯綜する思惑と意外な真相。クリーニング店というこじんまりとした舞台ではありますが、なかなか華のあるミステリに仕上がっていると思います。

赤い痕

 二人が田舎で巻き込まれた謎の変死事件。雄太郎と巡査とのやりとりが短いながらも印象に残ります。こうした真摯な態度が根底にあるからこそ、陰惨な事件を描くことが避けられないミステリであっても爽やかな読後感を生むことにつながるのだと思います。

ただ一つの物語

 結婚して二児の母となった悦子が向かい合う思い出と謎。たった一冊しか存在しない本に描かれた物語。そのたった一つの物語から生まれる新たな物語。童話とミステリをつなぐ、いかにも作者らしい逸品です。

*1:書籍初収録作である「みどりの香炉」は〈中学生の友一年〉に掲載。

*2:詳細は巻末の「仁木兄妹登場作品」参照。