『片耳うさぎ』(大崎梢/光文社文庫)

片耳うさぎ (光文社文庫)

片耳うさぎ (光文社文庫)

 うさぎのうらみ わするるべからず
 風なき夜の半の月
 もののけつどいて うたげをひらく
 人の子死して うさぎはおどる
(本書p114より)

 小学六年生の奈都は父の実家で暮らすことになった。とんでもなく広くて古い屋敷での気難しい祖父や大叔母との生活。しかも、父と母が家に帰れない用事ができてしまう。悲嘆に暮れる奈都であったが、”同級生のねえちゃん”で中学三年生のさゆりがいっしょに泊まってくれることになって一安心。ところがさゆりは恐れ多くも屋敷の探索に夢中で、しかも何やらおかしな事件も起き始めて……といったお話です。
 本書のタイトルでもある「片耳うさぎ」は、作中内の昔の不吉な言い伝えに出てくる可哀相なうさぎのことでもありますし、本書の主人公である奈都の心理を象徴するものでもあります。これまで東京近郊の住宅地で暮していた奈都にとって、田舎の古くて大きな屋敷は不気味な存在です。しかも、いっしょに住んでいる祖父や大叔母とは気心がまったく知れません。そうしたこともあって、奈都は自分が住んでいる屋敷とその家族に対して疎外感を抱いています。ですが、そうした不気味さ・得体の知れなさといったものは、結局は子供ゆえの視野の狭さ、思い込みによるものが多分に含まれています。
 そんな奈都のこれまでの世界観が拡がることになるのが本書の物語です。それは過去に何があったのかという大人の世界を知る物語であり、つまりはこれまで片耳で聞いていたものを両耳で聴くことを知るための物語です。一方で、大人の方も、奈都たちの活躍によって蒙が啓かれて、そして心を開いてくれるようになります。そんな相互理解の過程が奈都という子供の視点を通して描かれています。とても優しくて前向きな気持ちになれるお話です。
 田舎のミステリアスで大きな屋敷とその家族、しかも不気味な言い伝えまであるとくれば、ともすれば物語のジャンル的にホラーなお話になりがちです。ところが本書の場合には、確かに子供目線での恐怖というものは描かれているものの、ホラーにまで流れてはいません。解説の大矢博子が書いているように、生活感のある描写がをきちんと押さられていることによるのコージー(参考:コージー・ミステリ - Wikipedia)な雰囲気がとても大事にされているからでしょう。
 大人から子供にまで気軽に安心してオススメできる一冊です。