『思い出を切りぬくとき』(萩尾望都/河出文庫)

思い出を切りぬくとき (河出文庫)

思い出を切りぬくとき (河出文庫)

 本記事に副題をつけるとすれば、”『バクマン。』読者にオススメ!萩尾望都『思い出を切りぬくとき』”です(笑)。
 萩尾望都、漫画家生活40周年記念ということで、20代の頃(1976〜1986)の貴重なエッセイ27本が収録されています。1998年にあんず堂より単行本として刊行されたものの文庫化ということではありますが、イラストもいくつか収録されていることですし、今回の文庫化での復刊は非常に意義のあるものだと思います。
 とはいうものの白状してしまえば、私は萩尾望都の作品を3作くらいしか読んだことがありません。なので萩尾望都についてあれこれ語れるような下地はほぼゼロなのですが(笑)、それでも私が本書を買って読んで、こうして紹介しようと思ったのは、書店でパラパラとめくりながら、特に『バクマン。』(参考:バクマン。 - Wikipedia)との関係で面白いと思ったことがいくつもあったからです。
 たとえば、「秋の夜長のミステリー」。編集者から「ミステリーを書いてみませんか」と提案された作者は、E・S・ガードナーの作品を何冊か読んだ上で、ミステリーというドラマの構成を次のように分析します。

1 殺人事件が起こらねばならない。
2 無実の人間が犯人あつかいされる。
3 探偵が登場しなければらない。
4 探偵は自分のおもわくをしゃべってはならない。
5 探偵は最後にどんでんがえしの真実を引きだし、人々が気づかずにいたこと、見のがしたこと、まちがった解釈をしたことがら正しい結論を導き出し、それをこれまで黙っていたことのうめあわせに、数ページにわたって、しゃべらなければならない。
6 犯人がいなければならない。
(中略)
7 犯人は手がかりを残さなければならない。読者と警察は手がかりから誤った推理をし、探偵だけが正しい推理をする。
(本書p23〜26より)

 なるほど。確かにこうした構成を踏まえながらさらに連載漫画としても成立させなければいけないと考えると無理難題に思えてきます(笑)。
 『バクマン。』では「疑探偵TRAP」というミステリー漫画を主人公のコンビが連載することになりますが、その作品がミステリーとしてそうした構成をきちんと守っているのか?それともある要素については無視しているのか?などなどいろいろ妄想しながら読むのもなかなか面白いのではないかと思います。
【参考】すくいぬ ジャンプの「疑探偵TRAP」は過大評価されすぎ
 また、「作家と編集の間には」では、作家と編集との間には、創作的な相対関係と経済的な相対関係の2つの相対関係があって。しかしその間にある主役はひとつ、それは原稿である、といったことが述べられています。例えば作家と編集の二者間での選択について、次のような4つのパターンに分類して説明している箇所があります。

1 編集が作品を買い、作家がそれを売る。
2 編集が作品を買おうとし、作家は売らない。
3 作家が作品を売ろうとし、編集は買わない。
4 作品に対し双方共、売買意志がない。
(本書p81より)

 ただし、本文中でも述べられていますが、これはあくまで単純なパターン化に過ぎなくて、実際には両者の生活と感情と経済の問題が複雑に混ざり合います。
 法律的に考えると、創作的関係は請負契約(参考:請負 - Wikipedia)と捉えることができる一方、経済的関係は雇用契約(参考:雇用 - Wikipedia)と捉えることができるでしょう。漫画家の立場は両者が複雑に絡み合っています。それぞれのバランスも大事ですが、両者のバランスもまた大事です。……どうも上手く説明できませんね(苦笑)。興味のある方はどうか本書を実際にお読みくださいませ。
 こうした漫画家と編集との関係は、もちろん『バクマン。』でもクローズアップされています。特に担当が港浦に変わってから本書に書かれていることで思い当たることがあり過ぎます。他にもいろいと興味深いことがかかれてますので。『バクマン。』読者にはぜひ本書をオススメしたいです。
 もっとも、別に『バクマン。』に興味がなくても本書はオススメです。現代少女漫画の大家である萩尾望都のエッセイというだけで十分一読に値するでしょう。20年以上前に書かれた文章ではありますが、その内容もセンスも全然古びていません。簡潔にして簡明な文章からは創作にかける情熱が静かに伝わってきます。私も萩尾望都の作品をもっと読まないといけませんね(笑)。

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)