『騙し絵』(マルセル・F・ラントーム/創元推理文庫)

騙し絵 (創元推理文庫)

騙し絵 (創元推理文庫)

 まずは訳者あとがきの最初の文章を。

 本書は第二次大戦から戦後すぐにかけて、三作のユニークな密室ミステリを立て続けに発表しながら、突然筆を折ってミステリ界から姿を消した幻の作家マルセル・F・ラントームの本邦初紹介である。密室ミステリの古典『黄色い部屋の謎』を生みながら、本格ミステリは不作だといわれていたフランス・ミステリにもこんな作家が埋もれていたのかと、嬉しい驚きをもたらしてくれる一作だ。
(本書「訳者あとがき」p325より)

 本格好きの好事家なら食指を動かさずにはいられない紹介だと思いますが、凝りに凝った(新?)本格的趣向が楽しめる、期待に違わぬ逸品です。
 本書の中心的事件はダイヤの盗難事件です。ページをめくってすぐにA〜Sまでの細かい印付けがなされた屋敷の図面が載っているのには正直辟易しましたが、けっして無意味なものではありません(とても重要な意味があります)。もっとも、気にし過ぎてたらいつまで経っても先に進めないので読み始めましたが、これがなかなかに意外な展開を見せます。
 不可思議なダイヤの盗難事件の発生自体は冒頭から予告されていることもあってそれほど意外ではありません。とはいえ、確かに不思議な状況でダイヤが偽物にすりかえられてしまいます。
 問題はここからです。ダイヤの所有者やその後見人といった事件関係者が相次いで失踪していくのです。失踪が一件だけならその人物が盗難事件の有力な容疑者だと考えられますが、これだけ相次ぐとそういうわけにはいきません。しかも、その人物が発見されるたびに意外な真実が明らかとなる一方で、しかしながら肝心の盗難事件の真相はなかなか見えてきません。
 なんだかハチャメチャな筋だなぁ(笑)と思いながら読んでくうちに「読者への挑戦」が現れて、真相が明らかにされていきます。盗難事件の犯人自体はおそらくそんなに意外ではないと思うのですが、その方法には驚かされました。まさに『騙し絵』です。さらに、事件関係者の様々な事情や背景が明かされることで見えてくる見事な『騙し絵』。普通の騙し絵は見た後に頭を働かせることになりますが、本書の騙し絵は頭を働かせた後に見えてきます。小説だからこそ見ることのできる『騙し絵』です。
 古典とは思えない大胆な構図で描かれた、知的でありながらどこか幻想的な雰囲気が漂う奇妙な快作として、個人的には割とお気に入りの一冊です。
【参考】『騙し絵 Trompe-l'oeil』(黄金の羊毛亭)