『看守眼』(横山秀夫/新潮文庫)

看守眼 (新潮文庫)

看守眼 (新潮文庫)

 6つの短編が収められている短編集です。わずかな字数の中に、ひとつの事件とその中で葛藤する主人公の正負の心情を描く手腕はさすがです。ただ、ストーリーとしては安直な作品も目に付きますので、ミステリとして楽しめるかといえば微妙な作品集でもあります。

看守眼

 教養課で県警の機関誌の編集作業を担当している警察事務職員が、いみじくも、刑事になる夢破れ留置係として職業人生を終えることになった元看守と共に、証拠不十分で釈放された男の”死体なき殺人事件”の真相を追いかけることになります。警察小説において脇役にすらならない役どころにスポットが当てられ、かつ意外性のあるストーリーが展開されています。本書収録作品中、白眉というべき逸品です。

自伝

 売れないライターに巡ってきた望外な自伝執筆の機会。自伝の執筆においては、取材対象よりも取材する側の人間性が試される場合があります。ショートショート的なアイデアになまじ血肉が付けられているために、結末の脱力感は何ともいえませんね(苦笑)。

口癖

 家事調停において事件を担当する調停委員(参考:裁判所|調停委員)を主人公とした着想は面白いと思います。ただ、その着想がストーリーにあまり活かせてないのが残念です。職業裁判官ではない「主婦」が裁判官と同じような仕事をしているという点では、いよいよ始まった裁判員裁判を思わせるものもありますから、知識的な意味では読んでおいても損はないのかもしれません。

午前五時の侵入者

 県警ホームページが何者かに侵入されデータが書き換えられてしまいます。ホームページの責任者である情報管理課所属する主人公は、ホームページの復旧作業とクラッカーの割り出しと、そして自らの保身にと右往左往させられます。もっと面白くできそうなお話だと思うのですが、にもかかわらず、この程度のスケールに落ち着いてしまうのが、良くも悪くも横山秀夫ということなのでしょうね(苦笑)。

静かな家

 地方紙勤務で外勤記者から整理記者へと転属された主人公は、個々の記事のための取材よりも全体のレイアウトを大事にする仕事への対応に四苦八苦しています。そんな最中に起きたトラブル。新聞社を舞台にしたお話は、警察小説と並ぶ横山秀夫の十八番ですが、本作もその評価に違わぬ手堅い出来に仕上がっています。

秘書課の男

 知事の秘書という何とも微妙な役どころの人物が主人公です。知事の裏方として人間関係やトラブルを調整したり解決しながらも、自分自身の立場もまた調整しなければなりません。微妙な役どころの微妙な役回りと微妙な心情が描かれた佳品です。