『不思議のひと触れ』(シオドア・スタージョン/河出文庫)

不思議のひと触れ (河出文庫)

不思議のひと触れ (河出文庫)

 短編集です。編者である大森望が「本書では小説的に難度の高い作品より、小説の構造そのものは(つまり、なにが書いてあるのかは)わかりやすい作品を優先して選ぶことを心がけた」(本書解説p381〜382より)というように、スタージョンの入門書としてオススメの一冊だといえるでしょう。

高額保険

 商業媒体に発表された作品としては初めての小説です。ショートショートと呼ぶべき短さですが、本格ミステリ的興味をそそる一品です。

もうひとりのシーリア

 アイデア的にはB級ホラーめいた作品です。内向的ながらも好奇心旺盛なのぞき魔である主人公の性格が本書に独特の味わいを与えています。本書は全般的に「孤独」というものを考えるのに適した作品が収録されているといえるでしょう。

影よ、影よ、影の国

 幼少期に理不尽な躾けを受ける子供の姿を、”影”をモチーフにすることで、シビアに描きつつも幻想的にまとめ上げています。

裏庭の神様

 どうしても女房に嘘をついてしまう男が、裏庭から掘り出してしまった神を名乗る偶像によって、自分が口にしたことはすべて真実となる祝福(?)を受けます。ユーモラスな一品です。

不思議のひと触れ

「ある人間の人生を考えてみよう。母親の言うことをよく聞き、一度も逮捕されず、飲みすぎてもたいした面倒は起こさなくて、せいぜい言葉遣いが悪かったと謝ったり、ちょっと胃がむかついたりする程度。一日ちゃんと働いて一日分の給料をもらい、だれにも憎まれず、それを言うなら誰にも好かれない。そういう人間は、人生を生きてないんだよ。つまり、本物じゃないんだ。でも、どこにでもいるそういう平凡な男に、不思議のひと触れが加わると、ほら、見てごらん。ほんのちょっとしたことでいい。たった一度でもいい、なにかするとか、手に入れるとか、降りかかってくるとか。そしたら、そこから先、彼の人生は死ぬまでずっと本物なんだよ」
(本書p129〜130より)

 ボーイ・ミーツ・ガールの本質を突いた作品です。

ぶわん・ばっ!

 ジャズ小説です。「一流バンドでタイコを叩くにはどうすればいいかだって?」という作中の問い掛けに対する答えは、スタージョンの小説の書き方にも相通じるものがあるように思います。

タンディの物語

 カナヴェラルのくしゃみ。縮れのできたゲッター。漂う存在。サハラ墜落事故のアナロジー。ハワイと失われた衛星。利益配分計画のアナロジー。これらのレシピで作られるタンディの物語。「子供から話を聞きだすときにつきものの言語的ジグソーパズル」(本書p198より)と作中にありますが、アイデアのジグソーパズルによって作られるのがスタージョンのSFなのかもしれません。ときに難解でありながらも多くの読者を惹き付けてやまない作品を書くコツのような気がします。

閉所愛好症

 大森望による本書収録作品解題によれば、いわゆるスタージョンの法則として知られている「あらゆるものの九割はクズ」というフレーズは法則というよりは啓示と呼ぶべきものだと本人が後にエッセイに語っており、では本来のスタージョンの法則とは何か?というと、本作に出てくる「どんなこともつねに無条件にそうだとは限らない」*1なのだそうです。
 宇宙飛行士に求められる資質についての作品ですが、その着想は小川一水の『Slowlife in Starship*2などに引き継がれているといえますね。

雷と薔薇

 解題によれば、”核の冬”のビジョンを提示した、おそらく史上初のSFとのことです。滅び行く人類と報復の問題がストレートに描かれています。

孤独の円盤

 お題はタイトルのとおり孤独と円盤。ファーストコンタクトとは文字通り”接触”の物語なわけですが、本作の場合にはそれを”孤独”というシンプルなテーマを持ってくることで”接触”の重要性がより強調されている点が面白いといえるでしょうか。

*1:Nothing is always absolutery so'

*2:『フリーランチの時代』(ハヤカワ文庫)収録。