『七王国の玉座1〜5―氷と炎の歌〈1〉』(ジョージ・R.R.マーティン/ハヤカワ文庫)

七王国の玉座〈1〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

七王国の玉座〈1〉―氷と炎の歌〈1〉 (ハヤカワ文庫SF)

 季節が不規則にめぐる世界。統一国家七王国〉では、かつて絶対的支配を誇ったターガリエン家が放逐され、新王ロバード・バラシオンが統治を始めた。しかし、新王の不安定な統治は貴族たちが玉座をめぐり陰謀をめぐらす温床となっていた。かつてロバートと共にターガリエン家と戦い、ロバートの即位に多大な貢献をしたエダード・スタークは北の地で厳しい寒さに耐えながら静かな生活を過ごしていたが、そんなスターク家もまた王家をめぐる陰謀と無縁ではいられなかった。ロバートによって王の補佐役である”王の手”に任命される。それは、エダードと彼の妻と、そして彼の6人の子供たちの運命を大きく変えることとなる。果たして〈七王国〉の未来は……? といった壮大な群像劇の序章です。
 本書では、三人称描写ではありますが、章ごとに視点人物が転換するという手法が採用されており、”主役級”と呼べる人物はいても、”主役”と呼べる人物はいません。『氷と炎の歌』の第一部である『七王国の玉座』においては、スターク家の当主にしてウィンターフェルの領主・エダード(愛称ネッド)と、その妻ケイトリン、長女サンサ、次女アリア、次男ブラントン(愛称ブラン)、エダードの私生児ジョン。スターク家と政治的に対立することになるラニスター家のティリオン。そして、追放されたターガリエン家の生き残り・デーナリス。これら8人の人物の視点から物語は語られます。一人称描写であれば、語り手の死は物語の終わりに直結してしまうのでその人物の生命はとりあえず保証されますが、三人称描写かつ複数視点が採用されているため、視点人物の内面に深く入り込みながらも達観した描写がなされています。そして、その語りは視点人物の生命を保証しません。換言すれば、視点人物を殺すために最良の手法が採用されている、ともいえます。
 また、視点人物のほとんどがまだ幼く、また、エダードにしてもケイトリンにしても、本書での活躍は戦場というよりは、王都での陰謀や政略面での決断といった場面での活躍が主となっています。それに、国をあげての一大戦争も『七王国の玉座』では用意されていますが、それにしてもその描写はティリオンの視点からの描写があるのみで、スターク家の視点からの描写はありません。そのことが、本シリーズを戦記ものではなく、歴史上の様々な人物に視点が当たる重厚な歴史小説にして壮大な群像劇として成り立たせています。文庫版1巻の解説によれば、本シリーズは薔薇戦争(参考:薔薇戦争 - Wikipedia)となっているとのことですが、確かにそれを思わせる権謀術数が入り組んだ複雑な歴史ドラマの様相を呈しています。
 その一方で、単なる歴史小説に留まらないファンタジーな要素も盛り込まれています。〈夜警団〉が守護する壁の向こうにはどのような脅威があるのか? そして、ドラゴンの血を引くとされるターガリエン家の真実とは? 一度手を付けてしまったが最後、続きを読まずにはいられない大河小説の開幕です。
(以下、既読者限定で。)
 玉座をめぐる貴族たちの戦い。その背景には、王位を正当付ける契機(=正当性の契機)とは何か?という問題があります。ロバートは死の際にネッドに対して遺言を残します。それは、ロバートが自らの嫡出子と信じ、事実上も皇太子として遇されているジョフリーを後継者として指名します。しかし、前任の”王の手”の死の原因となった調査を引き継いだネッドは、後継者として国民に信じられているジョフリーが、実は王の血を引いておらず、王妃サーセイと彼女の双子の兄ジェイム・ラニスターとの間に生まれた不義の子であることを突き止めてしまいます。それゆえに、ロバートの遺言をネッドは書き換えてしまいます。すなわち、後継の指名を”ジョフリー”ではなく”余の後継者”と。このことが彼の命運を決めてしまうと同時に、スターク家とラニスター家の対立を決定的なものとしてしまいます。
 絶対王政においては、その玉座は血によって引き継がれます。しかしながら、血族関係というのはDNA鑑定の技術でもない限り絶対的なものではありません。さらに、その王が真に絶対的な権力を手中にしているのであれば、血縁関係を無視してその意思によって後継者を指名することも可能でしょう。かように、王の意思を重視するのであれば、ネッドは遺言どおりにジョフリーを後継者として指名すべきだったということになります。しかしながら、王の意思には瑕疵がありました。ジョフリーが嫡出子ではないという決定的な瑕疵が。その瑕疵をロバートが認識していたとしたら、おそらくこのような遺言はされなかったことでしょう。だからこそ、ネッドが遺言を”余の後継者”と書き換えたわけでが、しかし、”余の後継者”を後継者とするというのは、トートロジー以外の何ものでもありません。つまり、何も決めていないのと同じことなのです。ここに、空白となってしまった玉座をめぐって、血で血を洗う王位継承の戦いが生まれることになります。名誉と真実を奉じるネッドと、事実と権力で以って王位を得んとするラニスター家の間に妥協の余地などあるはずもありません。そこがネッドの愚かさです。
 諜報機関の頭である宦官ヴェリースは、ネッドに対して「国家」に仕えるよう忠告します。ヴェリースはネッドに対して、大貴族の争いが王位争奪戦を演じるときに最も被害を受けるのは無辜の民であることを説きます。調略としての方便ではありますが、しかしながら真実を含んでいることは認めないわけにはいきません。ヴェリースの主義はあくまで国家の中で与えられた役割を演じるということにあって、民の方を向いているわけではありません。いわば、もっともエゴイストな登場人物であるといえますが、その人物の口から民のことを慮る発言が出てきたのが面白いです。
 果たして、〈七王国〉の玉座は誰がどのような正当性を得て継承することになるのでしょうか? そして、そのとき〈七王国〉はどのような形をとることになるのでしょうか?
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