『ヘレンesp 1』(木々津克久/少年チャンピオン・コミックス)

ヘレンesp 1 (少年チャンピオン・コミックス)

ヘレンesp 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 たまには漫画の紹介を。
 五年前の事故で両親と視覚と聴覚と言葉を失ってしまった少女ヘレン。いわゆる”三重苦”の状態に置かれてしまった彼女ですが、盲導犬のヴィクターと意志を通わせる能力が目覚めたことによって、ハンデを抱えながらも比較的普通の日常を過ごすことができています。
 手のひらに書いてもらうことで言葉を受け取り、スケッチブックに文字を書くことで言葉を発信するというのが彼女のコミュニケーションの基本です。加えて、ヴィクターとの意志の疎通によって外界からの情報をある程度入手できるとはいえ、そこはやはり普通の人間と見ている世界・住んでいる世界は異なっています。さらに、ヘレンの能力は単にヴィクターとのテレパスにとどまらない不思議な力と可能性を秘めています。単なるSFでもなくファンタジーでもホラーもなくと特定のジャンルに収まり切らない不思議な魅力を持っています。
 表紙の絵柄どおりのホンワカした雰囲気の作品ではありますが、だからといって悪意や残酷な現実が描かれていないわけではありません。三重苦ゆえに、本来であれば認識しているはずの悪意が届かない場合もあれば、その逆の場合もあります。ヘレンの世界は、守られている世界でもあり、彼女自身が守っている世界でもあります。
 三重苦という彼女のハンデは、身体面でのインターフェースの可能性というSF的なアイデアにもつながっています。骨振動スピーカーや、映像を点字に変換する点字モニターといったアイテムは、未来への可能性というものを提示してくれています。本書を大きく見れば、主観世界と客観世界とを、あるいは異なる主観世界同士をつなぐインターフェースの物語だといえるでしょう。
 主人公のヘレンはもとより、盲導犬のヴィクター、いっしょに暮らして彼女の生活をサポートしてくれている叔父さん、クラスメートの小栗など、彼女の周囲の人物もとても魅力的で、必ずしも彼女と世界観を共有しているわけではないのですが、だからこそ本書は面白いと思うのです。住む世界が違っても、それでも人は一緒に暮らすことができるのです。いや、できたらいいなぁと……。
 5年前の事故については謎に包まれたままで不安がありますし、彼女自身の能力にも危険が潜んでいる可能性がありますが、それでも前向きに生きている彼女の姿は読んでて微笑ましいです。映画を観たり料理を作ったり動物園に行ったり学校へ通ったりといった彼女の日常生活にこれから先どんな苦難が待っているかは分かりませんが、あくまでも前向きな物語として描かれていくと思います。続きがとても楽しみですが、不定期連載みたいですし、果たしていつになったら出るのやら。早く出ればいいなぁ……。
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