茂木大輔『拍手のルール』中央公論新社

拍手のルール―秘伝クラシック鑑賞術

拍手のルール―秘伝クラシック鑑賞術

NHK交響楽団の首席オーボエ奏者であり、二ノ宮知子のだめカンタービレ』音楽監修でもある著者による音楽エッセイ集です。
当著者のエッセイは何冊かご紹介しておりますが、軽妙な語り口と深い知識、また端々に散りばめられる面白エピソードにより読み物として非常に楽しめます。『のだめカンタービレ』はクラシック人口を爆発的に増やしたマンガであり、音楽監修である著者、茂木大輔氏に対しても「クラシック音楽の敷居を下げてくれた」と感謝の言葉を述べられることが多々あるそうです。
しかし、著者は「クラシックの敷居を下げる」という現象に対してきっぱりと「NO」と唱えます。

ぼくのことを「クラシックの敷居が高いと思っていたのを、下げて下さった」とか、「クラシックというとどうしても堅苦しいイメージであったのが、気軽に楽しめばよいんだ、と教えて下さいました」という褒められ方、感謝のされ方をすることがある。ありがたいが、本人はそういう趣旨で活動しているつもりはない。
実際は、クラシックの演奏会は、
・敷居が高く、値段も高く、ホールの天井も高く、
・堅苦しく、窮屈であり、
・場合により、そこで演奏される作品は、初心者にもベテランにも(おおむね)刺激が少なく、目立った変化に乏しく、長たらしく、あるいは難しく、複雑で退屈である。
(すくなくとも、なんの覚悟も予備知識もなく、初めて行く人にはそう見えてしまうトコロがある)(p24,25)

クラシック音楽に多くの人々が興味を持っていただくことはありがたい。しかしながら、クラシック音楽とはもともと「敷居の高い」芸術である。敷居の高さとはすなわち、マナーであり知識でありクラシック音楽に向き合う態度である、と著者は語ります。これは、「敷居の高さ」が「排他的(=とっつきにくさ)」とイコールで結ばれ敬遠されてきたクラシック音楽を一気に「人口に膾炙させた」著者だからこその言葉だと思います。
本書ではクラシックに興味を持ったもののそういった「マナー」「ルール」「聴き方」「前提知識」などについて面白おかしく、かつ丁寧に語っています。
例えば、ホールのどこで聴けば良いのか、どういった服装で行けば良いのか、拍手はどのタイミングでするべきか。はたまた「長調短調って何?」という疑問に対する回答から派生して、主要交響曲を各調に分類し「性格診断」を行なうなど、フジモリのように妙に知ったかぶりをしていながらも実は本当に正しい知識なのか不安な人間にとっては実に重宝した1冊でした(笑)。
思うに、クラシック音楽とは「雰囲気」も含めて楽しむ芸術です。マナーやルールとはその雰囲気を作るために必要な要素であり、基本的なところでは「携帯電話の電源は絶対にオフ!」であり、やや進んだところでは本書に書かれているように「フライング拍手はしない!」など、聴く人々みんなが「不快な思いをしない」ことが重要であると思います。そのジャンルの発展のためには人口に膾炙し裾野を広げることがひとまずの絶対条件ですが、その次にはマナーやルールの啓蒙による「受け手としてのレベルアップ」というフェーズが必要なのかなあ、と感じました。
とはいうもののそういった難しいことは考えずとも、当書ではクラシックについてさまざまな知識や情報が学べます。フジモリもこの本を読んで思わず何枚かCDを衝動買いしてしまいました。
読めばクラシックが聴きたくなることうけあいの1冊。クラシック好きでしたら読んで損はない本だと思います。
【ご参考】
茂木大輔『オーケストラ楽器別人間学』新潮文庫 - 三軒茶屋 別館
茂木大輔『オーケストラは素敵だ』中公文庫 - 三軒茶屋 別館



(追記)
本書を読んでフジモリが聴きたくなった曲です。

実はこれ、ベートーヴェンというクラシック音楽最大の作曲家の、自ら認める(第9よりも高く自己評価していた)「最大にして最高の作品」なのである。(p207)

ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス

ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス

最後の「いけにえの踊り」では、3/16、2/16、3/16(2小節)、2/8、3/16(2小節)、5/16、2/8、3/16、2/8、5/16……と、ほとんど算数の問題のような楽譜になっている。(p220)

ストラヴィンスキー:春の祭典

ストラヴィンスキー:春の祭典