『これから自首します』(蒼井上鷹/ノン・ノベル)

これから自首します (ノン・ノベル)

これから自首します (ノン・ノベル)

 『さよなら絶望先生』(久米田康治少年マガジンコミックス)第17集には、「告白縮緬組」というお話が収録されています。「自主トレ」ならぬ「自首トレ」というように自首をテーマとしたお話ですが、その中に漫画界存亡の危機なので自首トレを禁止するという小ネタがあります。ミステリ漫画で犯人が自首しちゃうと話が成立しなくなるから、というのがその理由ですが(笑)、確かにそれはその通りです。ですが、自首によって事件がすべて解決するのかといえばそうでもありません。本書はそんな自首をテーマとした珍しいミステリです。
 そもそも自首とは、犯人が捜査機関の取調べを待たずに自発的に自己の犯罪事実を申告し、その処分を求める行為とされています。刑法においては刑の任意的軽減事由であり*1刑事訴訟法においては告訴・告発などと同様に捜査の端緒です*2。ある犯罪について、その犯罪を行なった犯人が自首してくれれば問題はありません。
 ですが、例えば海外(特にアメリカ)の小説や映画・ドラマなどの猟奇殺人でよく現れるのが、やってもいないのにやったといって自首してくる人物、いわゆる「自首マニア」があります。単に目立ちたいのかヘロストラトスの名誉(参考:アルテミス神殿 - Wikipedia)が欲しいのか。自首マニアの心理など私には分かりませんが、そうした自白の真偽を見極めるため、犯人しか知りえない事実を確保しておくことが捜査の常道とされています。また、真犯人をかばうための自首が行なわれる場合もあります。そうした偽りの自首によって事件の捜査を混乱させる行為は、刑法第130条の犯人蔵匿罪に当たりますし、捜査機関としても偽りの自首に惑わされないよう慎重に捜査を行なわなくてはなりません。
 また、自首すれば大抵の場合には刑が軽減されることになりますが、だからといって自首に際して心理的葛藤がまったくないとは限りません。いや、おそらくはかなりの苦悩を伴うことでしょう。良心の痛みと減刑を望む気持ちがある一方で、軽減されるとしてもやはり刑罰には服しなければなりませんし、自分以外の周囲に及ぼす影響・状況も考えなくてはいけません。そうした事柄をすべて考慮した上で自首を決断するまでの過程には間違いなくドラマとサスペンスがあるはずです。
 というわけで、本書はそんな自首をテーマとしたミステリです。自称映画監督の勝間の元に幼馴染みの小鹿が告白した。「人を殺したので自首する」と。ところが、勝間には小鹿に自首をされては困る事情があって……といったお話です。自首について多様な観点から考察された小ネタがいくつも用意されているので、その意味では本書のタイトルには偽なしです。しかしながらメインプロットの方は、自首というよりも、自首をされては困る理由を軸とした複雑な人間関係が交錯する中で意外性を演出するサスペンスの方が優先されていて、必ずしも自首という題材が活かされているとは言い切れないのが残念ではあります。
 自首しようとしている人間に対して主人公が自首させまいとするため、その動機などと併せて、読んでるときの気分は決して良いものではありません。ですが、最後にはストーリー的にも倫理的にもそれなりにカタルシスが得られるものになっています。技巧的には見るべき点があるのは確かですが、読後感は正直いまいちです。自首をテーマとすることに可能性を感じたという意味で、ミステリ読みにはそれなりにオススメしても良いかも?という一冊です。

*1:刑法第42条1項参照。

*2:刑事訴訟法第245条参照。