冬目景『ももんち』小学館

ももんち (ビッグコミックススペシャル)

ももんち (ビッグコミックススペシャル)

冬目景の描く1冊完結のラブコメ漫画です。

自称芸術家である父に振り回されてきた岡本家。
その末っ子・ももねは、美術予備校に通う女の子。
おっとりマイペースだけれども、優しい家族や友人たちに見守られながら、この春から一人暮らしを始めることに…(裏表紙より)

というお話です。
フジモリは冬目景の作品ってけっこう好きなのですが、その美麗な絵はもちろんのこと、彼女の作品には3つの要素があると思っています。
冬目景の代表作といえばなにはともあれ『羊のうた』が挙げられると思います。他人と異なる「病」を持つことで繋がっている姉弟と、彼ら彼女らを取り巻く周囲との「距離」について描ききった名作であり、物語の重要な要素として「家族」というものが存在していました。
一方、『イエスタデイをうたって』ではどこか後ろ向きな男女たちの恋愛群像劇を通して「人を好きになること(=他人との距離を変化させること)」について描いています。
そして、『僕らの変拍子』をはじめとする、「モラトリアム」の浮遊感。『黒鉄』もある意味そうかもしれませんが、「高校生」「予備校生」「フリーター」など、様々な環境で描く「モラトリアム」によって、逆説的に「社会」を映しているともいえます。
そして今作『ももんち』ではその3つの要素全てを見事に描いています。
主人公・岡本桃寧は失踪した父を持つものの、優しい兄や姉に過保護のように護られてきました。自立しようと一人暮らしをはじめるものの、姉からの電話がないと朝起きれないなどまだまだ「末っ子」のまま。しかしそこで描かれる「家族」は心からお互いを思いやっている、まさに「家族愛」に包まれています。普段からぼへらーっとしていて「護ってあげたい」と思わせる容姿のももねのキャラ造詣とあいまって、どこかほのぼのとさせられます。
そんなももねが恋心を抱いたり失恋したりするのですが、これもまた「いつの時代よ!?」と思わせるぐらい引っ込み思案で一人でぐるぐる考えて、というまさに「淡い恋」。作者もあとがきで「目指したのは昔の少女漫画」といっている通り、この「もどかしい恋愛」はどこか懐かしい感じを受けます。
そして、物語の舞台である美術予備校。作者自身の美大経験を踏まえているのか描写が非常にリアルです。この作品でも、予備校という「モラトリアム」を地に足ついたリアリティでしっかりと描写しています。
そしてこの漫画が素晴らしいのは、そういった要素を盛り込みながらもきちんと1冊で完結していること。続きを読みたくなるような終わり方をしているものの、この1冊に冬目景のエッセンスが全て詰め込まれているといっても過言ではありません。
おまけにカラーページも多く、「絵」そのものを観ているだけでも楽しめます。
ベタ褒めしてしまいましたが、個人的には「完結している冬目景作品」というだけで評価が高いのに(笑)内容も良くて絵も良いという大満足の1冊で、他人に冬目景作品を薦めるなら真っ先に挙げたいと思うほどの1冊でした。オススメです。