『星図詠のリーナ』(川口士/一迅社文庫)

星図詠のリーナ (一迅社文庫)

星図詠のリーナ (一迅社文庫)

 本書は、地図作りのお姫様・リーナが主人公の冒険ファンタジーです。
 地図作り、つまりはマッピングといえば、ライトノベルですと『フォーチュン・クエスト』を思い浮かべる方も多いかと思われます。『フォーチュン・クエスト』の主人公パステルのマッパーという職業*1は、D&Dなどの昔のTRPGにおいてキャラクターではなくプレイヤーの役割とされていたマッパーから派生したものです*2。TRPGのマッパーの仕事は文字通り地図を作ることですが、それは地下洞窟や古代遺跡といったダンジョンの迷路を探索するために必要とされる作業です。
 ところが、本書におけるマッピングはそれとは少々異なります。いや、遺跡や地下洞窟のマッピング作業がないわけではありません。ですが、リーナが作っている地図・作成を命じられる地図の作業の本領は、大陸や街の地図にあります。自分たちが住んでいる世界の地図作り。それは、冒険者が作る迷宮の地図のような私的なものではなく公共の財産としての地図作りです。
 ファンタジー世界ではありますが、地図を作る作業自体は全然ファンタジーではありません。空天と呼ばれる杖が二本とそれを結ぶ紐で距離を測り、磁針で方位を調べ、扇刻儀で角度を調べ、他に歩測なども用いながら、それらの測定結果を地図に記載していきます。伊能忠敬(参考:伊能忠敬 - Wikipedia)のお姫様バージョンとでもいえば分かりやすいでしょうか。そんなわけで、地道な作業を積み重ねながら街の地図を作っていくのですが、地図を作るということは世界を知ることです。それは何も地形的な意味においてのみではありません。その街の暮らしを知るという意味もありますし、何気にリーナはお姫様でもありますので政治的なトラブルにも巻き込まれていきます。
 いわゆるセカイ系と呼ばれる概念がありますが、それは個人とセカイとが対立する物語の構造として理解されています。対して、本書の場合にはセカイの空白を埋めることが物語となります。そこには個人とセカイとの対立という関係はありません。世界の広さを知り自らの無知を自覚する物語はとても爽やかです。おそらくはあまりに爽やか過ぎるのを誤魔化すために死体とかの残虐な場面を意識的に盛り込んだものと思われますが、それでは誤魔化しきれないほど爽やかです(笑)。
 ただ、全体的なお話としては、地図作りを売りにしている割にはお姫様の活躍はそれ程でもなくて、むしろ旅の途中で出会って雇うことになる傭兵・ダールの活躍の方が目立ってしまっているような気もしないではないですが(苦笑)、ダールの身の上話も含めて、この世界にはファンタジー世界特有の秘密も潜んでいるみたいです。世界観自体は正直まだまだスカスカでいまいち入り込めない部分は多々あるのですが、地図作りが今後も進むことによってそうした世界の中身や秘密も明らかになっていくと思います。
 主要キャラクター4人の掛け合いもとても楽しいですし、続きが気になるシリーズです。
【関連】
『星図詠のリーナ2』(川口士/一迅社文庫) - 三軒茶屋 別館
『星図詠のリーナ3』(川口士/一迅社文庫) - 三軒茶屋 別館

*1:っていうか、パステルの場合はマッパーの癖に方向音痴という時点でかなり駄目駄目なのですが(笑)。

*2:他にコーラーという役割もありました。