『ペンギン・サマー』(六塚光/一迅社文庫)

ペンギン・サマー (一迅社文庫)

ペンギン・サマー (一迅社文庫)

 タイトルの元ネタは明らかに『エンジン・サマー』ですが、これっぽっちも内容関係ないとはこれいかに(笑)。とはいえ、『エンジン・サマー』は”物語についての物語”であり、伝承の中の真実を探し出そうとする物語です。確かに全然別物ではあるのですが、テーマ的に両者は大変近しいものになっています。なので、本書を読んで面白いと思われた方には『エンジン・サマー』も是非読んで欲しいです。
 宇宙からひっそりと飛来した宇宙船。街で暗躍する謎の組織「赤面党」。クビナシ様の逸話。そしてペンギン。そんな隆司とあかりのひと夏のトンチキな物語です。語りの視点や手法がコロコロ変わる形式が本書では用いられていますが、そうした形式自体はとても上手く機能していると思います。物語全体としての構造は面白いと思いますし、大枠ではよくできたお話だと思います。
 ただ、細部にちょっと甘さがあるのが気になりました。例えば、クビナシ様の逸話については、桃太郎の変形バージョンと説明されています。それはそれで間違いだとは思いませんが、酒を飲ませて油断させる場面まであるのでしたら、酒呑童子(参考:酒呑童子 - Wikipedia)が引き合いに出されないのは不自然でしょう。また、「あること」によって白くなるのはいいとして、なぜ白くなるのか、適当でよいのでSF的な理由付けが欲しかったです。そうした点がもっと詰められていたら、本書は物語についての物語として、あるいはSFとして、もっと中身と深みのある物語になっていたと思うのでそこは少々惜しまれます。
 とはいえ、何気にえげつない出来事が起きているにもかかわらず、作品全体としてはどこかホンワカとした空気が流れているのはやはりペンギンの力かもしれませんが(笑)、そんなどこか惚けた雰囲気は決して嫌いではありません。それに、「田舎で語り継がれる伝承」への試みは積極的に評価したいです。ただ、あとがきでちょこっと触れられている義経北行伝説についての考察の方が面白そうなのが困ってしまいますが(笑)、とにもかくにも伝承の伝言ゲームとしてのあやふやさと面白さは巧みに表現されていると思います。
 傑作とかオススメとかではありませんが、それなりに楽しめた作品ではあります。ただ、繰り返しになりますが、本書を読んで少しでも面白いと思われた方は『エンジン・サマー』を是非(笑)。
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エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

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