『僕僕先生』(仁木英之/新潮文庫)

僕僕先生 (新潮文庫)

僕僕先生 (新潮文庫)

 第18回日本ファンタジー大賞受賞作。玄宗皇帝が支配する唐代の中国を舞台とした中華ファンタジーです。
 元エリート県令を父に持つ王弁は、その財産に寄りかかってグータラな日々を過ごしていました。見かねた父親はそんな彼を仙人の元へお使いに向かわせます。そこで王弁が出会ったのが僕僕先生です。仙人といえば白髪の老人というのが一般的なイメージだと思いますが、僕僕先生はその逆で、王弁よりも歳若い美少女の姿をしています。しかしながら紛れもなく数万年の時を生きる不老不死の仙人です。長命の仙人でありながら、女性の身でありながら、一人称は”ボク”を使い、自らを”僕僕”と名乗る実態とのギャップが、僕僕先生というキャラクターの個性と魅力を端的に表しています。子供の姿をしていますがお酒が大好きで、仙人でありながら変に悟ったところがなくて、ずけずけとものを言う美しい仙人に王弁は惹かれます。そして彼女の弟子となって一緒に旅をすることになります。
 時間と空間を飛び越えた壮大な旅のなかで王弁が乗り越えることを迫られる苦難の数々とその解決は行き当たりばったりなものですが、それでいて不思議と筋が通ったものになっています。そんな鷹揚とした世界観はいかにも中華風で読んでて楽しいですし、旅の合い間での僕僕先生と王弁とのいちゃいちゃにはニヤニヤさせられっぱなしです。
 上記リンク先のファンタジー大賞受賞の選評にもある通り、本書はある種のニート小説として読めます。その場合には、自らの生きる道を知らなかった青年が、天地の理を知り尽くした仙人と旅をすることでそれを見つけ出すという、まさに現実にはあり得ないファンタジーな物語として理解されます(笑)。実際、ときに霞を食べて生きると言われる仙人のライフスタイルはニートに近いといえば近いといえます。その一方で、本書では唐代の玄宗を中心とした政治体制・官僚と官吏の仕事といったものが丁寧に描かれています。ニート小説的な読み方をすれば安定した公務員と不安定なニートとの対比となるのでしょう。しかしながら、唐代の政治家・公務員の地位というのは現代の公務員ほど安穏としたものではありません。絶対王政下での官吏の影響力とその地位の危うさに着目すると、そこに描かれているのは官僚による支配とそうでないものとの対立として読んだ方が適切な気もします。
 そうした官吏・官僚についての凝った書き込みは、本書のファンタジー的な世界観にも当然のことながら影響してきます。本書は神仙が活躍する自由なファンタジーでありながら、飢えや病といった世俗のどうにもならない苦しみと、それに人知によって対処しようとする官吏の働きも描いています。領民と領土を自分たちの支配化に置くことを願う官吏にとって、人知を超えた奇跡を発揮する神仙たちは邪魔で目障りな存在です。ファンタジーのお話では、ときに個人と世界の対立に焦点が置かれがちですが、本書の場合には、神仙が力を発揮する天界の理と、人間が人知の限りにおいて支配する人界の理という世界観同士の対立が焦点となります。仙人でありながら人界に生きる僕僕先生と、仙骨はないものの仙縁はあるがゆえに仙人に近い人間として変化していく王弁は、そうした対立の間に立たされることになります。そんな二人の心の交流は、仙人と人間、師匠と弟子、女と男といったいろんな機微が交わりあった関係へと収束して、最後にはホッとする結末を迎えることになります。
 本書はファンタジー小説ではありますが、人々の生活する姿や中国の歴史や神話についての薀蓄がふんだんに盛り込まれているため、唐代の時代小説としても読むことができます。多面的な魅力を持っている作品なので、いろんな方にオススメの一冊です。
【関連】僕僕先生―ぼくぼくステーション―|新潮社(『僕僕先生』公式サイトです。)