『配達あかずきん』(大崎梢/創元推理文庫)

配達あかずきん―成風堂書店事件メモ (創元推理文庫)

配達あかずきん―成風堂書店事件メモ (創元推理文庫)

 本書は、単行本*1で既に3冊も刊行されていて、さらにはコミック版*2まで刊行されている人気シリーズ、”成風堂書店事件メモ”シリーズの1作目が文庫化されたものです。
 成風堂という書店を舞台に、しっかり者の書店員・杏子と勘の鋭いアルバイト・多絵が書店に持ち込まれてくる様々な事件・謎を解決していくという書店員ミステリです。書店員という存在は本読みにとっていつの間にやら本の売れ行きを左右する存在として無視できない単語になっています。それがいつ頃からなのかは分かりません。私の実感としては、貫井徳郎の『慟哭』が書店員の仕掛けによって大ヒットしたという話題が入ってきた辺りから書店員の存在を意識し出したと思うのですが、あくまで一ミステリ読みの戯言なのであまり気にしないで下さいませ(笑)。それはともかく、再販制度(参考:再販売価格維持 - Wikipedia)の下、以前は積極的な販売方法を模索する必要のなかったいわゆる”町の本屋さん”が、Amazonを始めとするネット通販の台頭や書籍そのものの販売不振といった問題に直面した結果、お客さんと対面して本を売る書店員の存在や動きが注目されるようになった、ということだと思います。
 本格書店ミステリの名の通り*3、本書では書店員の仕事・日常というものが描かれています。創元推理文庫のようなレーベルを手に取る方はある程度の本読みでいらっしゃるでしょうから、多かれ少なかれ日頃接する書店員の生態というものに興味があるでしょう。そうした舞台を用意した時点で”つかみ”は成功したようなものですし、書店員が活躍してる本となれば書店員としても特に売りたくなるでしょう。もちろん、単に書店員が活躍しているというだけだと、本当にその内容が書店員の日常を描いたものなのか読者としては不安になります。ところが、先に述べたような書店員の仕掛けとして本書がオススメに挙がっていたらどうでしょう? 書店員がオススメする書店員の本となれば、まさか丸きりの嘘が書いてあるということもないでしょうから、読者としても手にとってみたくなるでしょうし、そうした読者の心理は書店員にだって容易に想像できることでしょう。つまり、本書は書店員にとって仕掛けをしやすい本なのです*4
 さらに、本書には短編5本が収録されていますが、そこで扱われている謎は、”書店員の謎”というよりは、”書店に持ち込まれた本の謎”という側面の方が強いです。つまり、本好きの心をくすぐるような内容のものが多いのです。表面的には売り手である書店員に優しくて、その内容は読者に優しいという本なのです。なるほど。人気が出るわけです。
 これでミステリとしての読み応えも十分なものであれば言うことなしなのですが、まあ、そこはそれなりにとしか(笑)。本書には短編5本が収録されていますが、1作目の〈パンダは囁く〉こそ書店員向きの暗号を仕掛けた動機が秀逸でミステリとしてもなかなかだと思いますが、他は謎解きの面白さという意味ではいまいちです。〈標野にて、君が袖振る〉は漫画『あさきゆめみし』を題材とした恋愛ものですが、登場人物の記憶に頼りすぎで推理ものとしては面白くありません。〈配達あかずきん〉はこれがなぜ表題作に選ばれたのか分かりません(他の作品の方がいくらか面白いと思うのですが……)。〈六冊目のメッセージ〉は、”盲点”という意味でアイデアは悪くないと思いますが、書店員にソムリエみたいなことを期待するお客さんってどれくらいいるのでしょうね?どちらかといえば放って置いて欲しいと思っている私のような客にはそっちの方が謎です(笑)。〈ディスプレイ・リプレイ〉はディスプレイという販促を知ることが出来たという点は興味深かったです。ただ、本作のような真相・テーマを書店を舞台にして描くのであれば、ディスプレイという作業が持っている危うさにもう少し踏み込んで欲しかったです。
 せっかく書店員を主人公としたからには、昨今の世知辛い書店事情とかがある程度は書かれているであろうことを期待して本書を手に取った私としては少々拍子抜けしましたが、とはいえ、そうしたことが書かれていないからこそ、誰にとっても読みやすい書店員の世界が成立していることは間違いありません。本好き・本屋好きにはオススメかもしれませんが、あんまり読者(というか私自身)を甘やかすのもいかがなものかと、余計な事ながらそんなことを考えさせられた一冊でした。

*1:ミステリ・フロンティア”という東京創元社のレーベルです。

*2:久世番子/ウイング・コミックス

*3:本書カバー裏より。

*4:こんなことを考えたのも、私が本書を買った書店では、本書が他の本と区別されて平積みされていたからです(笑)。