『大東京三十五区 夭都七事件』(物集高音/祥伝社文庫)

夭都七事件―大東京三十五区 (祥伝社文庫)

夭都七事件―大東京三十五区 (祥伝社文庫)

 前作『大東京三十五区 冥都七事件』に続くシリーズ2作目になります。前作の終わり方が終わり方だったので、本書がどのように始まるのか興味と不安が半々でしたが、玄翁先生は縁側探偵としてあっさり復活していました(笑)。拍子抜けといえば拍子抜けですが、前作同様、安定感という意味では前作以上のものに仕上がっています。前作では連鎖式の形式が採用されていましたが、本作にはそうした趣向はありません。その代わり、ワトソン役の阿閉君と探偵役の玄翁先生というレギュラーに、臼井はなや諸井レステエフ尚子といったキャラなどが準レギュラーとしての役割を固めることで、キャラクタ小説としての側面が強化されています。前作のような大仕掛けを期待するとガッカリかもしれませんが、前作と同じく独特の文体によるリズミカルな語りに思考を委ねて気楽にページをめくっていくのが吉だと思います。
 以下、各短編の雑感を。

死骸、天ヨリ雨ル

 細谷正充の解説でも触れられていますが、実際の出来事・事件が実に効果的に作中に生かされています。それが独特の文体と相俟って、衒学趣味を匂わせることなくその時代の雰囲気を作り上げています。本作ではグロテスクな真相の外にある時代の因果が問われていますが、これもまた古い風習と科学的思考とが入り混じった時代だからこそ映えるテーマだといえるでしょう。

坂ヲ跳ネ往ク髑髏

 本シリーズは当時の奇術・大道芸を元にしたトリックが用いられていることがままあります。本作もそのなかのひとつですが、トリックそのものよりも因習を見立てとしたその見せ方と動機の方に主眼が置かれているのが面白いです。

画美人、老ユルノ怪

 本作の中で白眉を挙げるとすれば本作になるでしょうか。科学的な解決の中に割り切れなさが残る独特の余韻は、この時代を舞台としているからこそです。

橋ヨリ消エタル男

 玄翁先生が若かった頃(といっても四十代ですが)に体験したお話ですが、謎解きに淫する探偵役らしい失敗談でもあります。

子ヲ喰ラフ脱衣婆

 ”三回まわる”という子供のお遊びが見立てになっている二重の目くらましとさらに一ひねりした結末には何ともいえない読後感があります。

血塗ラレシ平和ノ塔

 暗号自体の出来やその意味と動機については特に問題ないと思うのですが、作成方法については少々疑問があります。それで本当に上手くいきますか?(笑)

追ヒ縋ル妖ノ荒縄

 トリック自体は感心するようなものではありません。しかし、犯人の正体と動機と結末には因果なものを感じずにはいられません。こうした結末をもっとも生み出しやすいの時代が”大東京三十五区”ということなのでしょうね。
【関連】『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音/祥伝社文庫) - 三軒茶屋 別館