山本弘『MM9』東京創元社

MM9

MM9

『神は沈黙せず』『アイの物語』『時の果てのフェブラリー』など本格SF作品を精力的に発表している著者の書く、本格怪獣SF小説です。
思えば『スチャラカ冒険隊、南へ』*1のころから怪獣ものが好きだったような記憶もあるので、「満を持した」という感が強い作品でもあります。
舞台は地震、台風などと同じく自然災害の一種として“怪獣災害”が存在する現代。怪獣の大きさは「MM(=モンスターマグニチュード)」と表され、その被害の大きさを示し、有数の怪獣大国である日本では、怪獣対策のスペシャリスト集団「気象庁特異生物対策部」、略して「気特対」が日夜を問わず日本の防衛に駆け回っています。
怪獣を倒すウルトラマンもいない、まさに「今、私たちのいる世界」と地続きで語れそうな、それでいて異なる舞台で怪獣に立ち向かう彼らは、さながら平成の「ウルトラQ」。どのような怪獣が出てくるのか、どうやって倒すのかを考えるだけで特撮好きだった自分の子供心にクリティカルヒットします。
作中でも言及されていますが、「怪獣」は実際の物理を無視した存在(大きさ、生態、特殊能力など)であり、柳田理科雄空想科学読本』で事あるごとに俎上にあげられ揶揄されるように、本格SFとは相性が悪い存在でもあります。しかしながら著者はその矛盾をうまくクリアし、本格SFとして仕上がっています。*2
本書は5作の連作短編からなる一冊で、テンポよく短いながらもそれぞれの作品がきちんと役割を果たしており、全て併せて1つの小説として巧く機能しているな、と思いました。

緊急!怪獣警報発令

本作品の入門編ともいえる一作です。小笠原沖からやってくるMM9に迫る巨大怪獣。果たしてその正体は?そしてどうやって戦うのか?
いきなりの超巨大怪獣に対する気特対を描くことで、舞台設定やメンバ設定がスムーズに頭に入ります。

危険!少女逃亡中

お次はちょっと異色な怪獣のお話。メンバーの理念や性格、そして舞台設定の更なる掘り下げがあります。
ベタな展開ながらも、ベタなこの小説にうまくマッチしたお話です。

脅威!飛行怪獣襲来

物語の主人公(の一人)、灰田涼のとある休日を描きつつ、「怪獣」という存在により突っ込んだ考察がされています。怪獣と妖怪を地続きにするという発想が興味深いです。『妖魔夜行』シリーズを思い出させました。

密着!気特対24時

気特対をTV局が取材するお話です。内部からだけでなく、TV局という外部の視点を入れることで気特対に対する世間の目や温度差というものがうまく伝わってきます。
『MM9』は、特撮に良くある「デビルマンのジレンマ」*3が比較的薄く、それゆえスカっと読めるエンタテイメント色が強い作品になっていると思います。一方でこの短編で演出過多なドキュメンタリーを要求するTV局を描くなど、メディアリテラシーの必要性を説く作風がきちんと盛り込まれています。

出現!黙示録大怪獣

本作の最終話であり、これまでの話がうまく集結しています。
なぜ怪獣が存在するのか?
怪獣を世に放つ秘密組織の存在とは?
気特対の真実とは?
本格SFとして書かれながらも読後「そういうことかよ!」と笑いながら突っ込んでしまうオチがお見事でした。



本作は「怪獣がいる現代」を本格SFとして描いた一作です。『神は沈黙せず』などのように科学用語、実在の怪獣(UMA)名や目撃談、論文論説など引用要素がてんこ盛りですが、エンタテイメント色が強いため『神は沈黙せず』のような冗長さは感じませんでした*4
硬軟のバランスが絶妙で、個人的にはこれまで読んだ山本弘作品のなかではベストに位置する作品といっても過言ではない、と思っています。
怪獣好き、特撮好きの方はもちろん、SFに興味を持つ方でしたら読んで損は無い一冊だとオススメします。
(以下、読了後のツッコミ二言)
「クトウリュウってクトゥルフのことかよ!」
絶望した!気特対って科特隊のパロディだってことに読了後気付いたことに絶望した!

*1:ウルトラセブン「ウルトラ警備隊西へ」から。ちなみに椎名高志GS美神 極楽大作戦!!』でも「極楽愚連隊、西へ!!」という回がありました。

*2:余談ですが、対称的な怪獣SF小説になるのが有川浩自衛隊三部作では、怪獣という存在についての詳細な描写や生態よりも、怪獣に対する「組織」や人間模様にフォーカスを当てています。作者自らも、「ホラを吹くために周囲の事実関係を詰めていく」(「野生時代」2007/01号P54)と発言している通り、リアリティとドラマの濃淡がついていると思われます。一方、新城十馬蓬莱学園の魔獣!』は現実にはありえない「怪物」について合理的な説明がされています。

*3:フジモリの造語。「自分(たち)が守る人々は、本当に守られるべき価値のある存在なのだろうか?」と苦悩する状況のこと。

*4:あくまでフジモリの主観ですが。