『アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還』(川原轢/電撃文庫)

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)

 第15回電撃小説大賞大賞受賞作。
 本書は、ウィリアム・ギブスンニューロマンサー』を嚆矢とするサイバーパンクの世界が、清く正しいライトノベルとして落とし込まれた物語だといえるでしょう。インターネットや携帯電話や裏サイトなどが日常的なものになっている今だからこそのサイバーパンクが本書には描かれています。
 時は近未来。脳細胞と量子レベルで無線接続されているニューロリンカーと呼ばれる携帯端末の普及によって、仮想空間とのアクセスが常態化している世界の物語です。現実と仮想空間の物語というと、両者が平行した関係になりがちで、そうなると両者の間にどのような関係性を持たせていくかという点に問題となります。しかし、本書の場合には、”ソーシャルカメラによって現実をリアルタイムに3D映像化した世界”という概念を介すことによって、いとも容易く現実と仮想空間との間に関連性を持たせ、さらには《加速世界》の中毒性すら演出しています。現実と仮想空間の間に相関関係によって、どちらも置き去りにされることなく物語は動いていきます。
 仮想空間という虚構が既に現実のものとして確立している中にあって、さらにその現実を覆すアプリケーション。すなわちブレイン・バースト。それによって生み出される《加速》。戦闘力を計る上でスピード・パワー・テクニックの3要素による分析というのがありますが、その3要素のなかで一番大事なのは何かといえば、基本的にはスピードでしょう*1。そんなスピード・《加速》を表現する上で、文字の連なりによって情報が蓄積されて時間が表現されていく「小説」の利点*2が、本書で存分に生かされています。
 15歳というブレイン・バーストの年齢制限。そして中学一年生という主人公の年齢ならではの思春期特有の自我の揺らぎ。コンプレックスからの解放を求める幻想と逃避。そうしたものが、サイバーパンクの持ち味である世界の変容というイメージと結び付けられることで、他者の発見・多様な価値観の自覚、そして自己の再発見といったベタにして普遍的な成長物語(あるいはヤンキーによる縄張り争い)へと仕上がっています。ゲーム内での戦闘も、直接的な暴力が厳しく監視されている世界における新たな拳と拳のぶつけ合いというベタな意味合いを持ちつつも、その一方でゲーム性も失われていないというバランス感覚も絶妙です。
 ネットへの逃避から始まって現実へと着地する物語は、これまたベタといえばベタではあります。しかし、とかく仮想空間の魅力ばかりが語られがちなサイバーパンクの物語において、現実と仮想空間の間をループし続ける停滞の物語ではなく、回りながらも上を目指す螺旋階段の物語を衒いなく描いてくれているのは爽快感があって嬉しいです。続きが素直に楽しみな一冊です。
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ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

*1:例えば『サイボーグ009』の009の万能ぶりを見れば一目瞭然かと(笑)。

*2:大雑把にいえば、戦闘にしろ修羅場にしろ加速しているときには濃密に書き込みつつ、そうでないときには書き込まない(あるいはすっ飛ばす)。