森博嗣『ゾラ・一撃・さようなら』講談社ノベルス

ゾラ・一撃・さようなら (講談社ノベルス)

ゾラ・一撃・さようなら (講談社ノベルス)

わたせせいぞうが表紙というキャッチーなカバー、「天使の演習」という森博嗣ファンならニヤリとするギミックと、いわゆるシリーズ外のトリッキーな作品かと思いきや。。。

自由気儘に生きる探偵・頚城悦夫のもとを訪れた謎に満ちた美女――。
彼女の依頼は、引退した要人から秘宝“天使の演習”を取り戻してほしい、というものだった。
だが、その男は伝説の殺し屋・ゾラに狙われている!
頚城は彼に接近していくが……。

「探偵物語」「ハードボイルド」と謳い文句にありますが、なるほど納得の内容です。
主人公・頚城悦夫はまさに職業・探偵。彼が謎の美女から受けた依頼を解決する、という大筋なのですが、本編には謎らしい謎が登場しません。
いわゆる「ミステリ」というのは「謎」が吸引力となって読者のページをめくる手を早めるのですが、本書『ゾラ・一撃・さようなら』は頚城が「探偵している様子」そのものが吸引力となっています。そういう意味でまさに「探偵小説」。そして、依頼人の美女に惹かれながらも感情に流されず、いわゆる女性キャラも多々登場しながらもLOVE寄り(←専門用語)にならない絶妙の距離感が心地よいです。いわゆる「森ジョーク」を言いながら淡々と仕事を進める彼の姿は、Vシリーズの保呂草ファンにはたまらないかと思います。(フジモリ含む)
思うに、謎とその解決を存分に堪能するのがミステリ小説であるならば、その過程を存分に楽しむのが「探偵小説」なのかもしれません。
読者は知らないうちに彼に意識を重ねあわせ、結末がわかっていても彼と同じ気分を味わうという実に憎い物語です。
個人的には森作品のうち上位に位置する作品だと思いました。
森博嗣ファンはもちろんのこと、「切ない」探偵物語を読みたいという方にはオススメできる一冊だと思います。