『ペルソナ探偵』(黒田研二/講談社文庫)

ペルソナ探偵 (講談社文庫)

ペルソナ探偵 (講談社文庫)

 作家を志し同人誌を発行している素性を知らない6人の男女が集まるチャットルーム「星の海」。6人はそれぞれスピカ、アンタレス、カペラ、ベガ、カストルポルックスと星の名をハンドルネームとして名乗っています。
 本書の趣向については目次を見ればおおよその見当がつくのですが、例えば第一章は〈第1話 フィンガーマジック スピカの事件簿〉となっている通り、各章は「星の海」のメンバーが書いた小説で、各章の合い間にインタールードが挿まれるという形式になっています。ただし、「星の海」のメンバーは6人であるにもかかわらず本書は第4章までしかなくて、しかもその章題は〈最終話 5人プラスひとり ポルックスの事件簿〉となんとも意味深なものになっています。

フィンガーマジック スピカの事件簿

 女子高生のスピカが巻き込まれた意味不明のアルバイト。その怪しげな内容ゆえに「星の海」のメンバーからの忠告を受けて散々警戒していった挙句に何もなくて拍子抜けした次の日に、スピカに仕事を依頼したはずの探偵が大怪我をしたことをニュースで知ります。真相も解決も正直言って他愛もないものです。「星の海」のメンバーと設定の顔見せといった側面の方が読者にとっては大切でしょうね。

殺人ごっこ アンタレスの事件簿

 連休を利用して登山をすることにした大学の演劇仲間6人。宿泊先のバンガローで行なわれることになった遊びが”殺人ごっこ”です。ランダムで拳銃が配られた人間が犯人役となります。おもちゃの拳銃ですが、引き金を引くと大音響と共に色のついた水が発射され、その水が当たった人は死んだことになります。全滅する前に推理によって犯人を当てることができたらその人の勝ち。うまく全員を殺すことができたら犯人の勝ち、という簡単なゲームですが、ゲームであることを十分に自覚しながらも、そこで交わされる駆け引きはなかなかに真に迫っていて面白いです。さらには意外な真相も用意されていますし、小説内小説としての出来は本作が一番だと思います。

キューピッドは知っている カペラの事件簿

 突然送られてきた、行方不明になった夫が書いた手記。その手記に書かれている内容を基に、カペラは夫を殺した犯人を突き止めようとします。そもそも小説内小説である本作なのに、その中でさらに作中作の読解めいたことをしなければならないのですが(苦笑)、書かれていることで何が大事で何がそうでないかという手記の読み方は、流れとして最終章につながっていきます。

5人プラスひとり ポルックスの事件簿

 星の名を冠した「星の海」の6人はいかなる星座を描くことになるのか? 前3章までに描かれていたことが伏線として活かされ、真相が二転三転する驚きの結末を迎えることになります。
 本書巻末には中島駆による「作中作における”攻めの一手”」という解説が付されていまして、作中作という手法の文学史的な位置づけと併せて、本書が作中作という手法をいかに効果的に用いているのかということが説明されています。そこでは作中作のデメリットとして「読み手に大きな混乱を招く」「本編(真実)で描写しきれない事柄を作中作に安易に代替させてしまう」「本編(真実)の都合に合わせて作中作をいくらでも改変できてしまう」といったことが挙げられています。また、小説内小説という形式から浮かび上がってくる語り手の信頼性の問題なども含めて、そうした事柄はネットでの議論・コミュニケーションとも相通じるものがあると思います。互いの素顔が見えないペルソナとペルソナとの関係。だからこそ表現できるものがある一方で、隠されてしまうものもあります。
 作中作という形式とネットを介した人間関係という設定とが上手く嵌まった佳作として評価できる一品です。