コメント承認制に対する一私見

もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。: 極東ブログ
新城カズマ氏のブクマ経由で拝見。
実は、当blogも昨年半ばからこっそりコメント欄を承認制にしています。
これはフジモリの独断で、アイヨシは「別にしなくてもいいんじゃね?」派だったのですが、いくつかの要素から承認制にしたほうがいろいろと(自分が)楽だと思って承認制にすることにしました。
はっきり言って承認制にしようがしまいがご来訪者の方々にはあまり影響ないことだと思いますし、blog主のメリットデメリットの判断だと思いますが、フジモリはコメント承認制には以下のメリットがあると思ったので実行しました。

メリット1:コメントの内容を確認してからレスが返せる

生産的なコメントの大きな役割としては、blog主との「会話」による記事のブラッシュアップが大きいところだと思います。記事の内容に対するツッコミや感想、誤字脱字の指摘など、基本的に書いた人に対し「会話」を期待してのコメントが多いと思います。
逆に言うと、返信を期待しない投げっぱなしジャーマンのコメントにはこちらも扱いに酷く苦労します(苦笑)。
いずれにしても当blogでは基本的に全コメ返しを行っています。体感的にベージビュー5,000/記事を越えると表れる困ったちゃん(ほぼ捨てハン)のコメントには、意識的に「気の利いた返信」を書いています。はっきり言って気分は大喜利です。一方でしっかりと練られ考察されたコメントにはこちらも真剣に解答します。
以前はコメントが来てすぐにレスを返したのですが、諸事情ありフジモリがwebに割けるリソースが大幅に減少してしまっているので、最近ではなかなか直ぐにというわけにはいかないのが現状です。
どちらの場合もレスポンスに時間がかかりますが、コメントが書かれてからあまり間を空けてしまうと不義理かなぁ、と思いますし、ぱっと見ネガコメがレスなしで長い間ほっぽとかれても他の来訪者の目に障ると思いますので、レスを返せる目処がついてからアップできる「コメント承認制」は非常に便利だな、と思っています。

メリット2:ネガコメの抑制が期待できる

先ほどの話題と少しリンクしますが、たまに

だったり

と言いたくなるようなコメントもあります。
また、スパムコメントは、はてなの仕様上対処が楽なのですがネガコメや意味不明のコメント、(特に)明らかに悪意のあるコメントも受けたりします。
こういったコメントはgraffitiと同じように「他人に見てもらうこと」を目的としていることが多々ありますので、事前に削除が出来る承認制にすることでそのネガコメが他の方の目に触れる前に削除できますし、コメントを書く人の抑制力に少しでもなるかもしれません。(どーせ見られないんだし、という感じで)
森博嗣劇場型犯罪を抑制する策として「報道しないこと」を第一義として挙げています。

 たとえば、自分はもの凄い不幸で、世の中の誰も自分を相手にしてくれない、と常々不満を抱いている人間は、殺人を犯せば少なくとも大勢が注目してくれる、自分の過去の話も聞いてくれる、と考えるかもしれない。マスコミが願いを叶えてくれるのだ。TVを見ていて、もうあれしか道はないな、と思う人間はいるだろう。彼らにはそれが起死回生なのだ。
 事実を伝える以外にも、報道の仕方次第で、社会にとってマイナスの行為を少しは抑止することができるはずである。それこそが、報道の使命ではないだろうか。(http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2006/06/post_501.php

コメントの承認制にも同様の効果があるのかも、と思います。

とはいうものの

コメントを承認制にすることによるデメリットとしては、コメントを書いても直ぐにはアップされないという来訪者へのアンユーザビリティ(←造語)を強いることになりますし、コメントに対する労力は全く変わりません。blog主が悪意あるコメントを受けるというリスクも同じです。コメント承認制は、是非で判断するというよりも、blog主の能力に応じた可否で議論した方がいいのかも、とも思います。ぶっちゃけ、これまでスパム以外でコメント削除をしたことはほとんどありませんし(笑)。
まあ、しばらくはこの形式で進めることにしますが、blog持ちの方々含めいろいろとご意見いただければ幸いです。